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2011年4月の17件の記事

2011年4月26日 (火)

国産の食料でまかなえる食事メニューから見た日本民族絶滅シナリオ

海外からの食料輸入がストップした場合、現在の食生活レベルをどう変えれば全国民を養うことができるんだろうか? 農林水産省がシミュレーションした、国産の食料だけでまかなえる食事のメニューは次のようなものになる。

[朝食]
・ご飯茶碗一杯
・むしたジャガイモ二個
・ぬか漬け一皿

[昼食]
・焼きイモ二個
・むしたジャガイモ一個
・リンゴ四分の一

[夕食]
・ご飯茶碗一杯
・焼き魚一切れ
・焼きイモ一個

 そして、うどんが二日に一杯、みそ汁が二日に一杯、納豆が三日に二パック、牛乳が六日にコップ一杯、卵が七日に一個、肉が九日に一食(一〇八グラム)食べられるというものだ。

そんなことになるわけがないと思っている方へ。

原発事故も全く同じ思いだったでしょう。洗脳されているとひどい目にあうのです。

今年の9月からは、コメが高騰しますから、その時になって準備しておけばよかったということにならないように今から言っておきます。

上のシミュレーションは本当は全く甘いのです。

実は、日本の食料自給率は、生産資材が、すべて、輸入されているのです。
コメが自給できているだなんてとんでもない。
すべて、化学肥料、あるいはすべて飼料を輸入したうえでの畜産有機肥料で作っているので、もしそれがなかったら、コメ、野菜は全くできない、ということです。

日本民族絶滅のシナリオは、原発爆発以前に仕組まれていたと思わざるを得ません。
原発がその速度を早めただけなのです。
さらに、無能な政治家と官僚、公務員独裁制により、数倍早まっているということなのです。

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2011年4月23日 (土)

"福島”の6日前に収録された”チェルノブイリ・百万人の犠牲者”

http://www.universalsubtitles.org/en/videos/zzyKyq4iiV3r/

次は環境クローズアップ「チェルノブイリ・百万人の犠牲者」です

ようこそ。司会のカール・グロスマンです。
2011年4月26日はチェルノブイリの事故よりまる25年になります。
その一方、世界中の原子力業界は再興を図っています。

この重要な本が出版されました。
「チェルノブイリ~大惨事の環境と人々へのその後の影響」
について取り上げていきます。

この本は公開された医学的データに基づき
事件の起きた1986年から2004年までに
98万5千人が亡くなったとしています。
そしてその死者数はさらに増え続けています。

スタジオにはジャネット・シェルマン博士をお迎えしています。
ジャネット博士はこの本の寄稿者であります。
共著はベラルーシのアレクシー・ヤブロコフ博士、バシリー・ネステレンコ博士とアレクシー・ネステレンコ博士です。

ようこそジャネットさん。 チェルノブイリ原発事故の死者は100万人ということですが 死因は何でしょう?

癌、心臓病、脳障害や甲状腺ガンなど死因はさまざまでした。
何より多くの子供達が死にました。
胎内死亡、又は生後の先天性障害です。

科学者たちが98万5千という死者数を特定した方法は?

これは公開されている医学的データを基にしています。

原子力を規制・奨励する国際機関である
国際原子力機関(IAEA)はチェルノブイリの死者数を
約4千人とホームページで発表しています。
これは本に発表されている98万5千人と大きく異なるのはなぜでしょう?

IAEAが発表したチェルノブイリフォーラムという調査書は
350の論文に基づき英文で公開されている資料でしたが、
ヤブロコフ博士とネステレンコ博士たちは5千以上の論文を基にしています。
それは英文の論文に限りませんでした。
また実際に現場にいた人達の声を基にしています。
現場にいたのは医師、科学者、獣医師、保健師など
地域の人々の病状を見ていた人たちです。

この本によりますと、世界保健機構(WHO)でさえ
チェルノブイリの真実を語っていないと批判していますね。

WHOはIAEAと協定を結んでおり
発表することができないとのことですが、それについて説明していただけますか?

1959年に結ばれた協定は、それ以来変わっていません。
一方がもう一方の承諾を得ることなしに
調査書を発表することを禁じています。
WHOはIAEAの許可なしには調査書を発表できないのです。

IAEAは世界中の原子力の規制だけではなく
原子力の促進を行う機関でもありますからね。
当然、WHOに「原子力は健康に有害だ」と言われては
困るわけです。

そのとおりです。こうした協定を終結すべきです。
協定は破棄されるべきです。

さて毒物学者として 研究に生涯を捧げておいでのあなたが
今この本の編集をされている中、
あらゆる科学的なデータをみた上で
チェルノブイリの犠牲者数は100万人と仰る
科学技術による史上最悪の事故ということですね。

そうです。

データを読み取り、本を編纂された時の感想は?

事態は私が思っていた以上に深刻でした。
人々が癌や心臓病で命を落とすだけでなく
体中のすべての臓器が害されたて
免疫機能、肺、眼内レンズや皮膚など
すべての器官が放射能の悪影響を受けたのです。
しかも人間だけではありません。調査した全ての生き物
人、魚、木々、鳥、バクテリア、ウイルス、狼や牛など
生態系のすべてが、例外なく変わってしまいました。

そのことがこの本に書かれてあるんですね。

人間への影響にとどまらず
鳥や動物にも人間と同様の悪影響がありました。

今となっては癌と放射能の関係はわかりますが
心臓病はどうして起こるのでしょうか?

私がこの本を編集するときに気付いた重大なことの一つですが
バンダシェフスキーという科学者は、研究で
子供達の体内に蓄積されたセシウム137の量が
実験動物と同じ値になっていることを発見し、
それが心臓にダメージを与えていることに気づきました。
この研究結果を発表したことで
彼は刑務所に収監されてしまいました。

刑務所に収監されたんですか?

そうです。

彼は動物実験をしたんですか?

病理学者だった彼は、まず動物実験を行ってから 
子どもへの影響を調べようとしました。その結果
亡くなった子供たちの心臓に蓄積されたセシウムの量は
動物の場合と同様でした。
これを発表した謝礼として逮捕され刑務所に収監されました。

チェルノブイリからの放射能によって
ロシア、ベラルーシ、ウクライナは高濃度で汚染されましたが、
この本によればそれどころか世界中に拡散したと書かれていますね。

そのとおりです。放射能がもっとも集中したのは前述の三国ですが
最大量の50%以上は北半球全体に行きわたったのです。
特に北はスカンジナビア、東はアジア圏へと。

中国までもですね?

そうです。

チェルノブイリの事故による死者は近隣国だけでなく
もっと広いエリアで見られたということですが。

もちろんそうです。世界中です。

この悲劇はいつまで続くのでしょうか?

放射性物質が浄化されるには千年はかかるでしょう?

もちろん。セシウム137及びストロンチウム90だけでも
半減期は30年、少なくとも3世紀は残ります。
仰るように多くの同位体が千年残るはずですので、おっしゃる通りです。

この本には最大の被害が起きたのは最初の数ヶ月もしくは数週間と強調していますが
とてつもない大火事が起きていた時のことですね?

はい。今でも原子炉から水道へダダ漏れしています。
今も原子炉の周りの構造も安全ではありません。
もし小地震でもあれば建物が崩壊する可能性もあります。
原子炉は安全に覆われ、漏れてはいないとは言えません。

チェルノブイリの真実を語るこの本は
権威あるNY科学学会によって発行されましたね。
科学の専門機関はこれ以外にもあるわけでしょうが、
チェルノブイリの情報を外に出すことについて
彼らの立場はどうなっているのでしょうか?

情報を外に出すことに好意的なグループもあり、
原子力御用学者と組み合い、どの様な内容が書かれていたのかは明らかではなかったようです。

著者のヤブロコフ博士とネストレンコ博士たちは、チェルノブイリの影響を調べる為に
あなたとどのように取り組んだのですか?

彼らはWHOとIAEAの協定の事を前から知っていました。
実はジュネーブのWHO本部の前で一日中
協定を抗議するデモを行っている人々がいます。

この方々がデモを行っている人達ですね。

そうです。

この本にはIAEAとWHOの「談合の協定」と呼んでいますね。

そうです。

チェルノブイリの件で、ヤブロコフ博士は
ゴルバチョフとエリツィンの補佐を務めていました。
事故直後の3年間、ソ連政府は情報の隠蔽を続けいましたし、
一般に真実を知らせまいとデータ収集もしませんでした。
ヤブロコフ博士はそれを知り、情報収集を始めました。
出版された論文の数は15万以上でしたが
この本の執筆には5千点以上が使われました。
これらの資料は英語に訳されたことが無く、ほとんどが
ウクライナ語、ロシア語、ベラルーシ語の論文でした。
こうした情報が西側世界の目に触れるのは初めてです。

人、動物、植物への影響について
違いはなんでしょうか?

いいえ。メカニズムは同じです。
放射性同位体に汚染されると
人、鳥や動植物が受ける影響は
細胞が破壊されダメージを受けるということです。
DNAへの損傷をもたらし
遺伝メカニズムがダメージを受けるという点で同じです。
細胞を破壊するのであれば
癌にはなりませんが
細胞にダメージが与えられると癌になります。
もしくは先天性障害の原因となります。
人や鳥だけでなく植物にさえ先天性障害が出ます。
チェルノブイリのせいで植物にも変異が起こりました。
風の影響で北西が被害を受けたとのことですが
チェルノブイリや原子力とはまったく無縁だった
スカンジナビアのラップランドの人々でさえも
雨などによる放射性物質拡散で余波を受けました。

こうした事後的影響については?

最近の研究によると
チェルノブイリ事故当時に生まれたスカンジナビアの子供は、
高校を卒業する割合が低いようです。
知的能力に影響が出たのではないかと思います。
私が知る限りのチェルノブイリの最悪な影響は
健康と言えるベラルーシの子供は
わずか2割だということです。
つまり、8割のベラルーシの子供達は
チェルノブイリ事故以前のデータと比べると
健康でない状態だということです。
医学的に健康でないだけでなく
知的にも標準以下となってしまっているのです。

知的能力の低下と放射能の関係について教えてください。

妊婦たちが食べる物の汚染については
きちんと知らされていない場合が多かったようです。
または汚染されていない食べ物が手に入らなかったんです。
妊娠中に放射性同位体が体内に入ると
母体を通じて胎児に届き
心臓、肺、甲状腺、脳と
すべての細胞、免疫系統にもダメージを与えたのです。
こうした子どもたちは未熟児で
生まれつき健康状態が悪く、死産の率も非常に高く、
これは被曝がもたらした結果です。
人間の文化に起こりうる最悪の悲劇です。

チェルノブイリの原発事故後、
旧ソ連の穀倉地帯であるウクライナの
チェルノブイリ原発では3機の原子炉が今でも運転中です。
そこでとれた食べ物はあちらこちらへと出荷されました。

はい。これは、きわめて深刻な問題です。

数百年間も土壌汚染が続く中、どの様にして食料を人々に賄っていけばよいのでしょうか?

しかも小麦やライ麦などの穀物だけでなく
マッシュルームも汚染されています。
重要な食料と思えないかもしれませんが、
この地域では広く流通する食材で、
非常に高濃度で汚染されています。
本は医学的データに基づき、死者数は98万5千人と結論づけました。

けれども、このデータは1986年から2004年までのもので、
番組のはじめに「100万人の犠牲者」という言葉を使いましたが、
やはりチェルノブイリの犠牲者の数はその位になりますでしょうか?

そう思います。やがてその莫大な規模が知られることでしょう。
例えば「清算人」と呼ばれた人たちがいました。
近隣諸国から主に軍より召集された若き男女でした。
火災を消火し、問題の原子炉を封印する仕事をさせられました。
その15%が死亡しています。
この人達は18~30歳位の若い男女だったのです。

原子炉から放出された放射性物質の数量ですが、これにつきましても
本が記す数値と公式発表された数値に大幅な違いがありますね?

まったくです。もし放出されたのが少量だったならば
低レベルの放射性物質は極めて危険ということですし、
もしそれが大量に放出されたのだったら
その甚大な被害の規模をみなければなりません。
しかし私達はいまだに真相を知らないのです。
なぜなら、原子炉に残されているものは何か、
地下水に漏れ出しているものは何かを
実際に現場へ行って確かめる事ができないからです。

原子力の安全性はどういうことになりますか?

原子力産業、原子力関係の組織は大抵
政府系の機関だったりするもので
原子力「ルネサンス」の再興を押しまくり
原発をもっと建設しようとしていますね。

チェルノブイリ原発事故の教訓は?

私が思う教訓とは、技術を促進する前に慎重に考えることだと思います。
例えば、BP社によるメキシコ湾の石油採掘については
何の問題もないと私たちは聞かされていました。
一つの問題として、技術者たちは技術に関する事については分かりますが、
彼らは生物学をよく理解していません。
彼らは設備周辺にある生物生命に与える影響を理解していません。

チェルノブイリ事故の最大の教訓は
汚染されたすべての生物に影響を与えたことです。
例外はないのです。

本には梟(フクロウ)の事も書かれていましたね。
動物への影響についても少し詳しくお願いします。

本のカバーの写真を撮った南カロライナ大学のティム・ウーソールさんは
25人以上の科学者をチェルノブイリ現地に連れて行き
昆虫、鳥、ふくろうとあらゆる動物を調査しました。
現地調査をしている時、突然ミツバチがいないことに気づき、
木の実が落ちていないことにも気づいたと言ってました。
実がないのは花粉を運ぶミツバチがいないからです。
現実になったいるかもしれない彼の予想ですが、今だに崩壊し続けている放射性同位体によって、チェルノブイリ周辺の生命体が
すべて失われた可能性もあること言う事です。
すべての種を絶滅させるかもしれないのです。
そこは渡り鳥の主な飛行ルートです。
渡り鳥が来た後、どうなっているかわかりませんから。
土壌にある物を何でも食べて、チェルノブイリを飛び立って行きます。
小果実を糞としてチェルノブイリ以外の場所でしているはずです。

放射能は遺伝子に甚大な影響を与えるのですよね?それについてはどうお考えですか?

これは改善する見込みのない話です。
一度遺伝子が損傷を受けると、何世代にも引き継がれます。
ですから、こういった損傷が人、鳥や植物の遺伝子に起きていて、
それぞれの種を増進することは無いでしょう。

具体的にどの様な遺伝子損傷のことですか?

脳や心臓、肺への影響、腕のない子供、水頭症の赤ちゃんです。
鳥の場合は、羽毛とくちばしの変化、脳の大きさなどがあります。
これらの鳥はあまり利口ではなく、汚染されていない鳥に比べそれほどよく生きていません。
植物も永久的に変ったのも分かっています。
難しいことではないのです。放射性同位体の行き先は明らかです。
ヨウ素は甲状腺に、ストロンチウムは骨や歯に蓄積します。
特に胎児に影響が及ばれます。
セシウム137は心臓と筋肉に蓄積されます。
これは謎ではありません。
これを知っている為、どんな悪影響がでるのかを予測できます。
そして、結果はまさに予測通りであり、それを本で証明しました。

「チェルノブイリ事故による犠牲者はわずか数千人」とよく引用されて聞きますが、
これは史上最大の嘘の一つですよね。

はい。追及もされずに逃れています。

私たちはWHOと国連に圧力をかけねばなりません。
WHOとIAEAを分離させることです。

WHOとIAEAのみならず
ここ米国の原子力規制委員会もまた

放射性物質の影響を過小評価しようとしていますね。

全くその通りです。私は、原子力規制委員会の前身であった
原子力委員会(AEC)で働いていました。
それはカリフォルニア大学内で、1952年のことでした。
新卒で働いていました。
当時の私の限られた教育と経験でも
他の人が思っているより放射能は危険とわかっていました。
放射能のもたらす害については米国民に対しても何十年間に渡り、
秘密と嘘が貫かれました。
隠蔽及びデータの書き換えが行われ
多少の放射能なんか大丈夫と吹聴されました。
しかし、デービスベッセ 原発所ではメンテナンス不足の為
炉心が格納容器の中で溶けだすところだったことがわかっています。
米国でなくとも世界のどこかで再び
原発事故が起こるのは時間の問題だと信じています。

50年以上も原子力産業に携わってきたのになぜその様な事を言うのですか?

はい。

それはお金の訳ですか? それとも技術を推進する為ですか?
原子力産業の関係者はなぜ嘘やごまかしをするのでしょうか?

複合的な要因があるでしょう。
金や原子力を促進する企業による支配もそうですが
米国の人々はあまりにも原子力について無知です。
生物学を全く理解していない学者がいます。
町で20人の人を集めて肝臓に手を当てと言っても
できる人は半分もいないと私は賭けますよ。
放射能の害についての教育を考えると
現在の米国はあまりにもお粗末で
子供達は生物・物理・化学を学んでいなく、
米国の文化や経済を大きく占めるので非常に重要なのです。
チェルノブイリの影響を表すデータを見る上で

数十年前のご経験は役に立ちましたか?
もちろんです。放射能が与える悪影響につきましては
もう何十年にも渡り広く知られています。
ここ数年間で突然明らかになったことではありません。
物理を少しでも知っている科学者なら誰でも
放射性同位体が人体、植物又は鳥のどこに入っていくか位はわかるはずです。
謎の科学ではありません。

チェルノブイリの犠牲者が100万人とはどの様な意味を持つのでしょうか?
技術の歴史ですか?現在の技術の状況ですか? 

技術だけに頼るのは間違いだということです。
それを設計・操作する人間にも頼るべきでもない。
なぜなら、最終的にチェルノブイリ事件の様なミスを起こすのは人間だからです。

健康への影響は大規模ですね。

そのとおりです。北半球全域にわたります。
放射性物質の降下地点で人々は死んでいます。
死ななければ、子どもたちは知的・医学的障害をもって生まれてきています。
これがいまだに続いており、まだ終りではないのです。

この本はどこで手に入れることができますか?

私にメールをください toxdoc.js@verizon.net です。
チェルノブイリ事故で何が起きたのか 
人々が真実を知ることがとても重要だと思います。

貴重なお仕事に感謝します。

私カール・グロスマンがお送りしました。
ごらんいただきありがとうございました。
www.envirovideo.com にどうぞお越しください。

収録を行ったのは2011年3月5日でした。
日本の福島原発大惨事がはじまる6日前です。
チェルノブイリそしてこの日本の悲劇の教訓は
すべての原発を停止するべきだということです。
原発は明らかに地球上の生命に危険をもたらしています。
二度と新たな原発の建設をすべきではありません。
原子力への税金を使った補助金をやめにすべきです。
効率のよいエネルギー政策にただちに転換し
すでにある風力・地熱・太陽光など安全でクリーンな技術を
フルに回転させるべきでしょう。
死を招く原子力は完全に不必要なものです。
 

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放射線がガン・白血病の原因。特に日本がひどい。

検診とか医療で行われるX線検査は安全だとの説明はインターネット上で沢山見つけることができるのだが、どれくらい 危険があるのかを説明するサイトはなかなか見当たらない。放射線被曝は検診とか医療のほかにも色々なことで起るので、検診や医療による影響だけを正確に知 ることは難しい。だが、医療では危険の疑いのあることは避けるのが常識で、薬では生命の危険があれば使えない。平成16年1月英国の医学雑誌ランセット は、「日本のがん死のうち3.3%は医療被曝によるものである」との論文を掲載し、日本の多くの新聞が取り上げた。続いて週刊朝日も本当かどうかを記事に している。インターネット上では愛知がんセンターから世界33か国のがんを年令調整死亡率でまとめたデーターがあったが、WHOのデータが充実したため か、消えている。これらによると日本は色々ながんの増え方が著しかったり、減り方が少ないことが明らかで、ランセットの指摘が当っているのかを検討せずに はおられない。10年前から、   放射線被曝がどれくらい危険なのかを知ろうとして調べたところ、我が国の白血病・肺がん・肝がんなどの増加には検診による被曝の影響もかなりありそうなの で、結果をここに書くことにした。肺がんは喫煙、肝がんはC型肝炎の流行が主因とする説からすればかなりの異説であるが、日本のがん増減の原因をかなり細 かいところまで説明できていると思う。
   がん死亡率の動向については、日本は厚生省が毎年度に刊行する人口動態統計、世界の国々はWHO CANCER MONDIALを利用した。今回は、放射線被曝・白血病・肝臓がん・肺がんについてのデーターから、放射線の危険度は放射線影響研究所の値くらい高いこ と、がん検診や診療に使用される数ミリシーベルトの少ない被曝でも危険があることを書いており、胃がん・乳がん。その他のがんについても追加を予定してい る。世界のデーターはグラフとして表示していないので、WHOのデーターを参照されたい。
     WHO Cancer Mortality Database    www-dep.iarc.fr/dataava/infodata.htm
   このページはグラフを大きく表示する関係で、モニター画面の解像度には
800×600ピクセル、画像フォーマットはPNGを用いている。当サイトの作成者の住所・氏名を記載する。
                           香川県綾歌郡宇多津町131番地1
                               眞鍋外科内科医院
                                医師 眞鍋 攝

 

 は じ め に

  放射線被曝の危険度

 放射線被曝で起るがんの危険は国際放射線防護委員会(ICRP)の定めた率を基に検討 されていることが多い。この基準は英国・米国・フランス・スペイン・日本のデーターによるもので、我が国で医療とか検診に利用される放射線の危険について も、この基準からして安全だとされている。しかし物理学者や医学者の間では、左表のようにもっと危険だとの主張もある。10ミリシーベルトの放射線を全身 に浴びた時の悪性腫瘍発生の危険率は、ICRPの値の10倍のものまである。下表は発生するがんの臓器別分布表だが、放射線を浴びない状態でのがんの分布 率と考えてよい。この値は日本・米国・英国・プエルトリコ・中国の生涯がん死亡確率を平均 したもので、日本だけのものとは少し異なっている。放射線を各臓器が同じ量浴びると、各臓器のがんは同じ率増える。例えば腹部全体が同じ量の放射線を浴び たとき、胃がんが10%増えれば、膵臓・腎臓などのがんも10%増えることになる。繰り返しになるが、日本人が全身被爆して、胃がんが10%増えれば肺が んも10%増えるが、日本では元々胃がんの人数は多いので、外人に較べて胃がんの人数は多く増え、肺がんの人数はそれほど増えない。骨髄は体幹部に広く分 布しているので、肺の撮影のように2分の1程度の骨随が被曝するときは全身被曝に較べて半分程度増加することになる。
  放射線を浴びると染色体が損傷され、その結果生じた異常な細胞が白血病やがんになるとされている。白血病は年令に関係なく10ミリシーベルト当たり1.5 人余分に増えるが、増え始めは3年後からで、7~8年後に最も多く、その後次第に減る。また、がんは9年後から増え、自然発生がん死亡を基準にして 30~40年後に最大の増加率となり、以後次第に減るとするのが定説となっている。また、がんについては同じ線量を被曝しても、若い時の被曝ほど高い率で 増え、55才以上の被曝では殆ど増えないことになっている。しかし自然現象として起っている染色体異常は高令者にほど多いのに、放射線による染色体損傷が 高齢者で起りにくいとするのは矛盾している。この件については白血病の項などで触れる事にする。
  300ミリシーベルト以下の小線量被曝では放射線の影響はないとの説もある。この仮説を楯にして、、100ミリシーベルト近いCT検査などが多く行われて いる。だが、X線撮影を受けた小児のデーターなどをもとに、ICRPでは小線量でも影響があるとの説を支持している。実際、結核検診で利用された10ミリ シーベルト以下の被曝でも、白血病・がんの増加が起きていることを明らかにする。
ICRPでは職業上の被曝と一般公衆の被曝に別けて各々の年間線量限度を20ミリシーベルト、2ミリシーベルトと定めている。職業上の限度は18才から 65才まで継続して仕事に従事しても65才まで毎年がんで死亡する率が0.1%増に止まる量が容認限度であるとして決められ、公衆はその10分の1に定め られているが、自然からあびる放射線量1ミリシーベルトを除くと公衆の人為的な被曝線量は1ミリ
シーベルトが限度値となっている。

放射線は色々なことで浴びている

 

 大気圏内での核実験

 


 
終戦後5年経って大気圏内で核爆発実験が盛んな頃、「雨に濡れると放射線で白血病になるから必ず傘 を挿せ」と言われた記憶のあるのは、昭和25年より前に生まれた人である。核実験の影響で大気中の放射性プルトニウムが増えたことについては、平成10年 10月10日に「北極の氷に含まれるプルトニウムの量」が朝日新聞に掲載されている。1945年、広島・長崎に原爆が投下されたあと、大気圏内での核実験 によって北極の氷に含まれるプルトニウムの量は増え、とくに1950~1965年の間が高い。大気中のプルトニウムは肺に吸い込まれて沈着し、肺がん増加 を引き起こす。核実験で同時に発生した放射性ストロンチウムは大地に降下して農産物に吸収され、食物連鎖で牛乳などから骨に吸収されて白血病を引き起こ す。米国のゴフマンによると、世界で95万人の肺がん死が増えたとしている。また、ソビエトの原爆開発者であるサハロフは50万メガトンの大気圏内核爆発 でがん死が60~100万人増えたとしているが、実際は450メガトンなので400万人のがん死が増えていることになる。日本でも、肺がん・白血病が相当 増えているが、この原因が大気圏内核実験の影響だと知っている人は少ないのでなかろうか。肺がんは煙草が原因と強く言われいるが、この事については、肺が んの項で述べる予定をしている。

   空路利用による宇宙線被曝
 

 飛 行機で高度1万メートル・20時間かけてヨーロッパへ行くときの被曝量は0.07ミリシーベルトと言われている。10往復すると1.4ミリシーベルトとな り、公衆被曝線量の限度を超えるが、問題にはなっていない。そこで、航空機に搭乗して被曝する放射線量は容認されているから、同じ量の被曝があっても受忍 限度内で納まっているとの主張がある。一般の人は航空機に搭乗して被曝するとは殆ど知らされていないので、受忍しているとも思っていないだろう。平成10 年頃、ドイツの航空会社で5年以上勤務したパイロットでは脳腫瘍が倍になっているとの報道があった。長期間勤めても、職業上被曝の限度からすると0.1% 増になっているので、5年で100%では1000倍もの脳腫瘍が発生したことになる。ICRPの基準より放射線被曝はかなり危険と考えるが、操縦士の適性 検査などでX線検査が行われて被曝しているかの確認がないので、放射線の危険率が1000倍なのか明らかでない。   検診と医療
 
 日本では昭和25年以降結核予防法による胸部撮影が学校・職場で続けられている。医療施設にはX線診断装置の普及が進み、医療に よる放射線被曝も世界有数と言われている。40才以上になると肺がんや胃がん検診が推奨され、被曝量は増えているが、がん検診の有効性評価では検診による 被曝は影響がないとされている。当サイトでは検診によって逆にがんや白血病が増えているのでないかと疑われる事実を並べている。米国の医学者ゴフマンは、 その著書「人間と放射線」で放射線被曝の危険はICRPの7.5倍と主張し、また、6才前後の幼児で歯のX線撮影を受けると将来2千人に1人が脳腫瘍に罹 ると主張している。1975年頃からCT検査が始まり、このお蔭で脳腫瘍の診断が正確に行われるようになっているが、大量放射線被曝を伴い、1980年以 後20年間に脳腫瘍死は30%増えている。CTや歯科での頭部被曝は相当増えているので、あと10年で脳腫瘍は倍になると予想している。
  医療被曝には、線量限度が適用されないが、その理由は以下のとおりである。
 
 1 医用照射はそれを受ける人の直接の利益のために行われる。
  2 行為の正当化と防護の最適化が適切に実施されていれば、患者の線量は医療上の目的に照らして十分低い。
  3 一律の制限を設けることは、必要な医療行為を制限することになる。
  だが、医療従事者には線量低減に対する関心が薄く、同様の検査でも、線量が2桁も異なる場合がある。また、「念のため撮影」とか、過度の撮影回数など医療行為の正当性を疑われることもある。
  結核あるいはがん検診などによる被爆は、厳密には医療被曝に当たらないので、一般公衆被曝の限度内で行うべきものだが、少なくともICRPの勧告に従って被曝線量限度は決める必要がある。

   建築家屋からのラドンによる被曝
   
岩石や土壌中とかこれらを原料とするコンクリートなどからはラドンが大気中に拡散し、気道や肺に沈着してα線を放出、肺がんの原因になって いる。スエーデンなどでは建築物で換気規制が行われているが、日本では木造建築が多く、床下に空間があって地面と床面が離れており、しかも建物には隙間が 多くて換気も十分であったので、欧米ほど問題になっていなかった。近頃日本でもコンクリート住宅が増え、換気も悪いことから、注目されつつある。1998 年にアメリカ科学アカデミーは米国で年間に肺がんで死亡する15万7千人のうち1万5千~2万2千人はラドンが原因と発表した。このほとんどが喫煙者で非 喫煙者は多く見積もっても2900人程度。ラドンによる肺がん死に喫煙が大きく関連していた。平山雄氏の煙草が肺がんの原因説は今も有力であるが、この根 拠となったコホート研究は、核実験によって大気中の放射性物質が増えた時期に行われており、大気中の放射性物質増加・喫煙・肺がんの関連でみると似たとこ ろがある。今では大気圏内核実験が行われなくなり、大気中の放射性物質も減少しているので、煙草を吸っても肺がんになることは昔のように多くはないだろ う。それでも、煙草が呼吸器疾患の原因であるのは間違いないので、煙草を吸わないに越したことはない。

                             白 血 病 

 我が国の白血病死亡率の動向では以下の特徴がある。
  1 1945年以後大気圏内での核爆発実験が盛んに行われ、日本でも白血病による死亡率が増加するが、世界の国々の中でも増加が長期間続いている。
  2 1950年より 結核予防法による学童検診が全学年で実施されていたのが、1972年に小・中・高等学校入学時に限られたとたんに5~19才の白血病死亡率が減りはじめ、1990年には1945年以前と同じところに戻っている。
 
  3 20才以上の年令層では、1990年まで増加が続き、その後減少はしているが、減少率は20%以下である。20才以上で続けられている職場検診も影響もあると考えられる。
4 がん検診の行われている 40才以上では、高令になるほど白血病死亡の増加が著しく、世界でも例のない増加であるが、この原因は問題なっていない。

 大気圏内での核実験による白血病増加

核実験で大気に放出された放射性ストロンチウムは大地に取り込まれたあと、食物連鎖を 通して人間の体内に入り、骨髄に沈着して白血病を増やす。食欲の旺盛な若年者ほどストロンチウムが骨髄に取り込まれる量も多く、白血病も多く増えると考え られる。ところが1955年以前の胸部検診による影響が少なく、白血病増加が核実験の影響で起っている時期でも高令者ほど白血病が増えている。しかも、今 も高令になるほど白血病死亡率はたかいままで、高令であるほど放射線被曝による白血病の危険が大きいことになる。

 

 検診で増えたがん

 1945年から起った白血病の増加は、北半球の中緯度 地帯にある多くの国でみられる。大気中の放射性物質は1952~1962年にピークとなっており、白血病は1970年頃から各国で減り始めているのに、我 が国の白血病はなお増加が続くことと、学童では胸部検診が1972年以降行われなくなったとたんに白血病が減っていることを考えると、結核集団検診が、白 血病増加の一因であったことは明らかである。1950~2000年の間で5年毎に5~19才の結核と白血病の死亡数を比較したのが右表である。1950年 の白血病死亡率は10万人あたり男1.5人女1.0人であるので、これに相当する人数を過剰死亡数では除いてある。1950年に結核予防法による胸部検診が始まった頃には、結核による死亡者がかなり多いので、検診の必要性に 疑いはない。白血病による過剰死亡者の中には、大気圏内での核爆発実験によるものも相当含まれているが、大気中の放射性物質の最終ピークがあった1965 年から20年経った1985年には核実験による白血病は殆どないはずである。そこで、1985年以降では5~19才の白血病過剰死亡者は結核検診による犠 牲者と考えられる。

 
   

        検診でのX線被曝の危険度
   

 

  結核検診が始まった1950年には、胸部撮影の線量 は40ミリシーベルト程度だが、その後の技術の進歩により、1972年には撮影線量は大人で4ミリシーベト前後であるので、身体の小さい9才前後では2ミ リシーベルトと推定される。胸部撮影では骨髄の半分程度が被曝するので、全身に換算すると1ミリシーベルトとなる。この被曝線量では、ICRPの値に従え ば白血病死亡は10万人あたり0.15人増である。1972年に9才前後であった年令階層は1980年の15~19才となるが、この年1年に限っても白血 病過剰死亡率は10万人あたり1.0(死亡率は2.5)で7倍も高い。
   また、65~69才での白血病死亡率は10万人あたり15を超えているが、これはICRPの値に従えばこの年令階層の全員が55才以後毎年全身に90ミ リシーベルト被曝している勘定になる。日本人の被曝量は3ミリシーベルトまでだが、高齢者は医療や検診による被曝が加わり、6ミリシーベルトであったとし ても、60才前後での被曝危険度は白血病に関してICRP値の15倍以上であることになる。(他に白血病増加の原因が特定されれば別だが)
 なお、放射線被曝による白血病増加のあと10年遅れてがんの増加があることも考えることが必要である。

      職場検診での胸部撮影は節目の年に限る動き
   

 1997年に”乳がん検診にマンモグラフィーを導入しないこと”を訴えて厚生省と直接交渉を行った団体(宝塚市 中川慶子氏等)があった。公開質問状には次の内容が含まれている。
  1) 費用効果からみて超音波法が良いのでないか。
  2) マンモグラフィーては日本人の乳腺は形からみて圧迫するとかなり痛くて多くの人が耐えられない。
  3) マンモグラフィーが乳がん検診に有効とするデーターが乏しい。
  4) 集団検診で行われた胸部撮影ががんを増やしているとの説をどうみているのか。
  この交渉の場での厚生省の発言内容には次の項目があった。
  1) マンモグラフィーの導入を当分見合わせる。
  2) 近くがん検診の有効性を検討した報告書を刊行する。
  3) 厚生省が主体となって行っていたがん検診を地方自治体にまかせる。
  半年後に公表されたとき、反対が相当あったが、結局実施されている。2003年になって、職場検診ががんを増やしているとの説があるので、毎年行われてい た胸部撮影は節目の年に行うように回数を減らすことが厚生省より提案され、以後3年ごとに繰り返されている。これが実施されると放射線技師が2000人不 要になるので、検診関係の施設が反対しているとの噂があるが、もし実施されると5年後には25才以下、10年後には30才以下、・・・・25年後には45 才以下が胸部検診をあまり受けていない世代となり、白血病が減って、”集団検診で行われた胸部撮影ががんを増やしているとの説”が裏付けられるだろう。な お45才以上では、肺がん・胃がん検診とか、高令化による疾病の治療でX線撮影を受けることが多いので、これらの抑制がないと白血病は減らないだろう。最 近では厚生労働省も職場検診での胸部撮影は厳格に実施していないようである。

 

 肺 が ん
 
 
 肺がんの増えた地域


 大気圏内での核実験がほとんど北半球の中緯度地帯で行われ、生成された放射性物質が偏 西風にのって拡散したので肺がん増加もこの地域に多い。中国・ソヴィエトによる天山山脈セミパラチェンスクでの核実験は西側にある日本で白血病・肺がんを 増やしている。大気圏内核実験による肺がん増加は1970年には始まっているが、当時のわが国での年間肺がん死亡数は1万人である。これが1980年には 2万人を超え、1998年には5万人超えている.1980年~2002年には肺がん死合計85万人を超えるので1970年の1万人を基準にして60万人余 分になる。この日本の肺がん過剰死亡者の半数が核実験によるものとすると30万人となるが、核実験の被害は60年以上続くので、今も死亡数は増え続けてい る。地中海に面したスペイン・フランスなどで肺がんが増えているのは、サハラ砂漠での核実験による影響などが

考えられる。また、チェリノブイリの原子力発電所の事故では周辺諸国の白血病・肺がんの増加が今も続いている。これに反し、北欧諸国や南半球のオーストラリア・ニュージランド・ペルーではあまり増えていない。詳しいことはCancer   Mondialをみていただきたい。
   

  日本の肺がんの特徴

1)大気圏内核実験は、北半球の中緯度地帯で行われた結果、日本でも、この地帯の多くの 国と同じように1945年以降は肺がんの増加が起っている。1962~1972年に大気中に含まれるプルトニウムの量がピークとなり、これに応じて肺がん が1995年にピークとなり、その後は減り始める国が多いのだが、日本では この あとも増加傾向 にある。白血病の増減には結核集団検診が関係していることを述べたが、胸部の被曝が白血病の増加を引き起こしているとなると、その後に肺がんの増加が続い て当然である。北半球中緯度地帯の多くの国では1993年には肺がんの増加が止まり、減り始めるのだが、日本では胸部検診の影響でその後も肺がんの増加が 続き、2000年になってやっと減り気味になっている。1950~1970年の肺がん死亡増は年齢階層に関係なく、ほぼ同じ割合であり、高令者でも放射線 被曝の危険は高いことを示している。

男では1975年以後、40才以上では印 で示す1930~1935年生まれの年令層で肺がんが第一のピークを迎えるが、その後に生まれた世代での減少傾向は長く続かず、1945年以後に生まれた 年令層で肺がんの増加が再び起っている。第一のピークは1950年に結核予防法による胸部検診が始まった時に20才前後であって。大学受験とか就職で盛ん に胸部検診をされた上、就学・就業後も頻回に検診を受けた世代である。第二のピークが始まるのは、印で示す1945年生まれが1950年に小学校に入学したあと毎年胸部検診を受けた世代からであることに留意する必要がある。なお、1965年生まれ以後の世代では大気中のプルトニウムが減少した後に生まれており、しかも1972年に学童の胸部撮影がほ ぼ廃止された後に学校生活を始めたので、放射線被曝にあまり縁のない世代であり、肺がんも減ることが見込まれる。職場検診による胸部撮影はやっと2003 年に縮小されたが、白血病の減少は10~15年経たないと明らかにならない。また肺がんでは20年以上経たないと減らないので、1965年以後に生まれた 世代が高齢化する2020年頃までは世界各国なみには減らないと予想される。女では1930~1935年生まれのピークは明らかでないが、これは男に較べ て受診率が低いためと思われる。なお、1945生まれからの肺がん増加は男に較べると少ないが、これは女は男に較べて放射線に対する感受性が低いためと考 えられる。
   日本の肺がんの増加は世界の多くの国で起ったように大気のプルトニウム汚染が一つの原因であるが、これによる被曝はほぼ肺に限られ、肺がんだけを増やし ている。もう一つの原因である胸部撮影では、肝臓・胃なども同時に被曝している。肝臓は大気汚染の影響は受けていないので、胸部撮影による各世代の肺がん の傾向に並行した肝がんの増減を見ることができる。これについては日本の肝がんの所で検討する。
 

                   肺がんと煙草


 
 平山雄氏が肺がんと煙草の関係を追求したコホート研究が行われたのは1955~1983年であるが、この時期は大気圏内での核実験により放出されたストロンチウムが骨髄に取り込まれて白血病が増加し、同時に肺は大気中に増加したプルトニウムによる放射線で被曝して、

肺 がんが増加する原因となった時にあたっている。このあと世界の多くの国で1975年頃白血病のピークを迎え、1993年には肺がんもピークとなって、以後 減少が続いている。CANCER   MONDIALで20~40才の年令調整白血病死亡率と45~65才の年令調整肺がん死亡率の関係を追ってみると、白血病死亡率が10万人当り2.5以下 にならないと肺がん死亡率が下がらない傾向がある。肺がんが煙草が原因で増えているとすると、肺がんに先立って白血病の増加が起っている原因を説明できに くい。1993年日本医師会雑誌に掲載された記事によると、米国では禁煙運動で肺がんが減少したが、日本では禁煙運動が不十分だから肺がんも減っていない ことになっている。ところが、米国では禁煙運動が行われる以前から肺がんは日本に較べて増加率が低く、殊に45才以下では肺がんは早くから減少傾向にある ので、日本との比較対象にはならない。禁煙運動が始まるとすぐに効果があって肺がんが減るのも不思議である。45才以上では1925~1930年生まれの 世代に肺がんのピークがあるが、兵役で原爆実験にかり出されたの原因かもしれない。
  喫煙者では気道上皮が損傷されており、大気に含まれるプルトニウム等を吸い込んでも排出する力が弱っているので、肺にプルトニウムが蓄積されることから、 肺の被曝量が多くなり、肺がんが増える。ゴフマンによると米国では喫煙者は非喫煙者に較べて10倍の肺がん死が起っている。平山雄氏によると日本では喫煙 者は非喫煙者に較べて5倍の肺がん死が起っている。この差が生じる原因として
は、ては、胸部検診によって非喫煙者の肺がんが倍に増えていることで説明がつく。つまり、右図にでは喫煙者での(肺がん10+検診による肺がん1)     と非喫煙者の(肺がん1+検診による肺がん1)を比較しているので11対2になっている。なお非喫煙者では肺がん死が少ないので、検診の効果も少ない。今は40才以上で無差別に肺がん検診を行っているが、喫煙習慣により分別して行う必要がある。
  喫煙者で特に肺がんが増えるのは大気中の放射性プルトニウムが増えたのが原因ではあるが、これも今では1952~1962年のピーク時に較べて50分の1 に減っているので、喫煙によって肺に蓄積されるプルトニウムもかなり減少しており、肺がんになることも少ないので、禁煙の効果も少ないだろう。
ディーゼルエンジンの 排気ガスとか粉塵も喫煙と同様気道損傷を起こすので、肺にプルトニウムが沈着する原因となって肺がんを増やした時期はあったが、今では肺がんの増える原因 にはなり難い。自動車が増えて国道周辺の排ガスが増えたのは大気中のプルトニウムが減った1970年以後であり、公害裁判でも肺がん増加が争点になってい ないようである。

 

             日本の肝がん

 

 

 

 

    日本の肝がんの特徴

1) 肺がんと同じように1975年以後、40才以上では印で示す1930~1935年生まれの年令層で肝がんが一つのピークを迎えるが、男性ではこのピークが肺がんよりもはるかに明らかである。

その後に生まれた世代での減少傾向は肺がん同様な増加は続かず、1945年以降に生まれ た年令層で肝がんの増加が再び起っている。これらのピークが肺がんと肝がんでほぼ同じところにあるのは第1の特徴であり、肝がんも肺がんと同じように胸部 検診によって増加していると考えられる。細かいことを言うと、肺がんのピークは1928~1933年生まれのあたりにあり、肝がんに較べて2年ほど先の世 代に現れている。この原因は、プルトニウムによる肺がんのピークが、胸部検診による肝がん・肺がんのピークより先にあり、二つの合成によるピークをみてい るためである。肝がんの増減には、大気圏内での核実験による大気のプルトニウム汚染は関係なく、胸部検診の影響が鮮やかに現れる。肺がんは核実験による大 気のプルトニウム汚染と胸部検診の二つの複合した原因によって増加しているので、胸部検診による影響は薄められて現れている。
 
  2) 男の肝がんの減少は1982年に30~34才であった世代
に 示す1948年~1952年生まれの世代)から明らかになる。これに比べると肺がんの減少は1995年に35~39才の世代からで、肝がんに比べて10年 も遅れている。この原因は、肝がん増加の原因である胸部検診では1950年の被曝線量が最大で以後減っているが、肺がん増加の主要原因である大気中のプル トニウム量は1950~1965年には特に多く、肺の大量被曝期間が10年遅くまで続いているためである。
  図中の
は1948年~1952年生まれの世代にあ たり、1953~1958年に小学校へ入学、1972年結核検診が廃止された年に20才~24才で、20才まで全期間結核検診を受けているが、このあとの 世代では検診中止で回数が次第に減っているうえ、技術の発達により撮影線量が次第に減るので被爆線量合計は少なくなる。1965年生まれ以後の世代では大 気中のプルトニウムが減少した後に生まれており、しかも1972年に学童の胸部撮影がほぼ廃止された後に学校生活を始めたので、放射線被曝にあまり縁のな い世代になる。に示す1958~1962 年生まれでは肝がんは、1948~1952年生まれに較べ半分に減っている。10万人当たりの死亡率でみると、30~34才では 1.4-0.7=0.7 減 35~39才では 3.6-1.8=1.8減 になる。このあとの1965年以に生まれた世代では、結核検診は受けておらず、余分な放射線被曝量はな いので、肝がんの減少も世界の他の国並みに落ち着くだろう。なお、1972年には胸部撮影の線量は5ミリシーベルト以下になっている。放射線被爆の閾値が 300ミリシーベルトとの説があるが、胸部検診による毎年5ミリシーベルト以下の被爆が1972年に止められたとたんに検診を免れた男の肝がんが減ってい て、低線量被爆でも危険はありそうである。
 
  3)  女性では60才以下では肝がんの減少が続いている。男性でも45才以下では殆ど増減がない。元々女性は放射線被曝によってがんになるリスクは低いうえ、 1950年前後には就業・大学への就学も少なく、これに伴って胸部検診で被曝する機会も少なかったので、肺がん・肝がんに罹る危険も少ない。そのため女性 の肝がんは外国並みに減り続けているが、最近になって男性同様印に示す1930~1935年生まれの肝がん増加が目 立っている。男性でも世界の多くの国と同じ様に減るはずだが、胸部検診の影響で減らなかったのではないか。胸部検診が始められた1950年の胸部撮影線量 は40ミリシーベルトで年2回と推定している。当時の胸部撮影実施率は女で20歳前後では10%なので、平均して年8ミリシーベルトになる。女ではこの世 代の動向はのところに当たるが、各世代で肝がんは減少傾向にあることを考慮すると、この程度の線量でも30年後の 50~55歳になって肝がんは20%以上増え、35年後の55~59才になると100%は増えている。ICRPの職業被曝の限度値設定では、18才~65 才の間毎年20ミリシーベルト被曝しても毎年0.1%のがん死増で収まることになっていて、年8ミリシーベルト以下の被曝継続で20%もの増加は考えられ ない。最近盛んに行われるようになったマンモグラフィによる乳がん検診は2年毎で被曝量が1回あたり1ミリシーベルトなので年あたり0.5ミリシーベルト になる。これは1950年頃の結核検診の被曝量と較べると1%であるが、被曝線量はそのあと装置の改善で急速に減つていることを考えると、マンモグラフィ を40才から行うと30年後70才を超えたあたりから0.2%以上の乳がん増加、35年後の75才を超えると1%以上の乳がん増加が見込まれる。

          肝がんとC型肝炎

 注射の回し打ちが原因でC型肝炎が伝染し肝がんが増加しているとの説が有力であるが、これには以下の点で疑問がある。
  1) 肝がんと同時に肺がんが増えている。肝炎ウイルスに感染すると肺がんも増えるのだろうか。
  2) 特に1930~1935年生まれの世代の男に突出して肝がんが多い原因が説明されていない。
  3) 男女で差がある原因が明らかでない。
  4) 女性では肝がんは減っているので、C型肝炎の伝染性は疑わしい。
  5) 注射の回し打ちは1980年までは行われていたのに、その間に注射の回し打ちを受けた世代で肝がんが次第に増加してはいない。1980年に20才で あった世代は1990年に30才、2000年には40才になるので、肝がんが減るのはこれ以後になるはずだが、結核検診が1972年に停止された時20才 であった世代である1980年に30才、1990年に40才、2000年に50才からと早くから肝がんが減っている。
   大気圏内核実験の行われたビキニ環礁の住民にC型肝炎が多いことから、被曝が肝炎ウィルスの生息に都合の良い体質を作るのでないかとの説があるが、被曝によって突然変異を起こしたウィルスが出現した疑いもある。
 
 これらの事実の説明は、結核検診が肝がん増加の原因とした方が説明がつく。

 

         世界のがん動向

 

日本はがん大国

厚生労働省編の悪性新生物統計(人口動態統計特殊報告)には国別14カ国悪性新生物死亡率統計が掲載されている。

我が国の多くのがんで増加率がトップであることが注目される。

 

世界各国の肺がんは1992年前後にピークとなっているが、そのあとも日本は増え続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胃のX線検査では上腹部にある肝臓・上部結腸・膵臓も被曝する。これらの臓器のがん増加は日本で著しい。胃がん検診の影響が疑われる。

 

 

 

 

 

 

米国が自国の生産する穀物を売り込むため、世界中に鶏舎・養豚場などを建設する穀物戦争を仕掛けた結果、動物性蛋白質の供給が増えて食生活が豊かになった。とたんに胃がんが減り続けているのは、食生活の変化が原因でなかろうか。

 世界各国の胃がんは1955年以降減り続けているが、日本の減り方は少ない。胃がん検診が行われているのは日本だけであり、がん検診が胃がんの減少を抑えている疑いがある。

         高齢者の胃周辺のがん

 

 ま と め

 放射線の危険度を我が国の白血病・肺がん・肝がんの動向から検討した。以下のことを少しは明らかに出来たと思っている。
  1)  放射線の危険さは、ICRPの値が妄信されているが、検診で利用された放射線の影響は追跡されておらず、根拠がない。今回検討したところでは、放射線のリスクはかなり高い。割に早く現れる白血病についても、検診の効果検討で問題にされて   い ない。医療で診断に利用している放射線が白血病死増加の原因でないかとの予防がん学(平山 雄著)での指摘も10年以上放置されている。放射線の影響は30年以上追わないと明らかにならない。
  2) 高令者では被曝してもあまり影響がないとの説があるが、若年者と較べて白血病は多発し、がん増加は同じ率であり、高令者での放射線被曝の危険さは、若年者より高いと考える。
  3) 肺がんの増加は大気圏内での核実験が主要原因だが、日本では結核検診での胸部撮影も影響している。
  4) 日本の肝がんは結核検診での被曝量に関係がある。予防注射のまわし打ちによるC型肝炎の増加は副次的である.
  5) 放射線を利用したがん検診の効果は放射線被曝で起る白血病・がんの増加で完全に帳消しになる。
  6) がん検診を主導する医師は、放射線の閾値は300ミリシーベルトであり、これ以下の線量で行われているがん検診とか医療診断では、放射線の影響は無視してよいレベルと主張している。(www.yobouigaku-tokyo.or.jp/lb16_xry.htm   「検診と放射線」舘野之男)。だが、かなり少ない線量で行われた結核に対する胸部撮影でも、肺がん・肝がん・白血病をかなり増やしていること は明らかであり、胃がん検診が胃や周囲の臓器のがんを増やしていることを推測させるものである。医療で利用されているX線撮影も相当危険であるので、必要 最小限にとどめる必要がある。

胸部検診の被曝線量は1950年には80ミリシーベルト、1970年には4ミリシーベルトと推定したが、この線量は多めに見込んで検討した。現今のマンモグラフィや胃がん検診では1ミリシーベルトと言われているが、検診を行う施設によっては10倍ほどの差がある。

    参考資料

J.W.ゴフマン  人間と放射線            1991年 社会思想社 今中哲二 他訳
  平山 雄    予防ガン学             1992年 メディサイエンス社
  森 清一郎   ビキニ環礁における被曝調査を通して 第10回核戦争に反対し、核兵器の廃絶を求める
                            医師・医学者のつどい報告集
  中川 保雄   放射線被曝の歴史          1991年 技術と人間社
  草間 朋子   ICRP 1990年勧告          1991年 日刊工業新聞社
  厚生省     がん検診の有効性等に関する情報提供の手引 1998年

 

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公務員独裁国日本の日本人痛めつけの極悪非道

大震災の、復興を口実に、消費税導入を、画策する、売国奴の群れ

大震災の、復興を口実 に、再び、霞ヶ関は、消費税の導入を、画策し始めている。

消費税の導入は、国家を破壊するだけであり、何の解決にもなら ない。

大震災の被害は、25兆円とも、50兆円とも言われている。

官僚=役人の給与は、 年間で27兆円である。

給与を半額と する事で、年間13兆円、それが4年間で52兆円。

震災の復興には、「十分」である。

家族を失い、家を失い、仕事を失っ た震災の被害者を救うため、年収1000万円が、500

万円になる事を拒否する国賊=役人がいれば、日本人は群れを成し、その国賊の、リンチ

処刑に向かう であろう。

被災した東北をはじめ、日本の地方では年収150万円、200万円が、「普 通」である。

消費税導入の背後には、「自分達の高い給与だけは、絶対に確保し、被災した国民の救済

は、国民自身に消費 税で支払わせよう」とする、国賊の群れ=官僚が居る。

(オルタナティブ通信)

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2011年4月20日 (水)

原発計画を無期限凍結=国民支持得られず復活断念―伊政府

時事通信 4月20日(水)5時59分配信

 【ジュネーブ時事】イタリア政府は19日、全廃した原発の復活計画を無期限に凍結する法案を提出する方針を固めた。ANSA通信が報じた。福島第1原発 の事故を受け3月に閣議決定した1年間の凍結期間は、復活計画について国民の理解を得るには不十分だと判断したとみられる。法案は20日にも上下院で採決 される見通しだ。
 ベルルスコーニ政権は、エネルギーを中東産石油に依存する構造を見直すため、チェルノブイリ原発事故後に全廃した原発の復活を決定。2013年から4カ 所で原発建設を進める計画だった。6月12日には原発の是非に関する国民投票を実施する予定だが、見送る公算が大きくなった。 

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2011年4月19日 (火)

放射能の真実

【ダイジェスト版】「もう原発はいらない」田中優氏
http://www.youtube.com/watch?v=YQo6VE28dJI

・・・・全編版の最初18分位の内容・・・・

●六ヶ所村再処理工場近くの沼では、生物中ヨウ素129が急上昇している(生物濃縮)
●飛行機で浴びる宇宙線は地上よりずっと高い濃度だが(田中氏は)ぜんぜん気にして
いない。外から当たる放射能は気にしない。体の内側から放射能に打たれることを気にしている。
●体内被曝は細胞分裂を起こす時に被害が出る。だから細胞分裂をあまりしていない
大人は被害が少ない。子供は大人の10倍、胎児は100倍の被害。
●戦後、中国で行われた大気中核実験で、濃度の高い放射能が日本に届いていた。
そのために、胎児の被爆(死産率)の減少に長い年月歯止めがかかっていた。
その濃度は、今言われている「ただちに影響が出るレベルではない」程度である。
●人間と放射性物質は、共存できないのではないかと思っている。


●六ヶ所村再処理工場から出る放射能は非常にまずいものである。
プルサーマル発電をはじめた原子力発電所で、どんどん事故が起こって止まっている。
(注:福島第一では3号機がプルサーマル発電)
事故を起こした理由は、ヨウ素131の濃度が高まってしまったから。100倍とか
1000倍とか、それで止めなければならなくなっている。これは自然界には存在しな
かった放射能である。
●人間が作った放射能を、生き物は知らない。自然界にある放射能ー例えば放射性
カリウムーであれば、入れただけ必ず排泄する。それは放射能が存在していることを
知っているからである。しかし、人間が作った放射能は排泄せずに溜め込んでしまう。
特にヨウ素は甲状腺に溜まって、成長ホルモンを壊したり甲状腺がんを起こす。
●自然界にある放射能は、必ず排泄される。しかし人間が生み出した放射能の場合は
排泄されずに溜め込まれる。

●ヨウ素131の半減期は8日、これを10回繰り返すと1000分の1になる。
ヨウ素剤も効果があるが、再処理工場から出るのはヨウ素129の半減期は、1570万年である。
●空から降ったヨウ素は、地上5cm以上入り込まない。なぜなら、微生物が栄養と
勘違いしてそれをキャッチしてしまうから。それが食品になり・・・・濃縮されて・・・
私達が食べて甲状腺がんで死んだとする。それ(死体)を焼き場で焼くと、その煙の中
から放射能は戻ってくる。
なぜなら放射能は煮ようが焼こうが、(ヨウ素129は)1570万年かからないと半分に
減ってくれないから。
●こんな致命的な、地球そのものを汚染するような事をやっていいはずがないと思うが、
日本政府は今なお、コイツを続けようとしている。

(ドイツでの調査から見えること)
●2004年、ドイツ政府が徹底的な調査をした。その結果、原子力発電所から5km以内に
住んでいる子供は、そうでない地域に住む子供の倍以上、小児白血病が発病した。
日本政府は、このデータは都合が悪いので無視し続けているし、メディアも殆ど取り上げ
ないが、これは原子力反対の人達がやった調査ではない。ドイツ連邦放射線防護丁がやって
いて、原発推進の人達も参加した上での調査である。
●私達は自然界から毎年1.4ミリシーベルトの放射能を浴びている。だから0.1ミリシーベルト
くらい増えたってたいした被害は出ない、と(マスコミは)言う。しかし、原子力発電所の
5km周辺の50歳の人が浴びた放射線の量は、0.00009~0.00032ミリシーベルト
に過ぎなかった。
●この徹底的な調査で、原発の危険性が明らかになり、ドイツでは「放射能と人間は共存
できない」という考え方の基に脱原発を決めた。ドイツが原発を復活させたという最近の
日本のニュースは誤りである。あと1万時間動かしても良いというように時間数で上限を
決め、それでは不都合だから、もう少し運転時間を延ばしてくれという要請に応えただけ。

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2011年4月14日 (木)

右翼の街宣は警察指導の芝居です。(竹原元市長)

右翼を恐れる必要はありません。
右翼の街宣は警察の指揮下にあります。
阿久根でこんな事がありました。
「右翼の街宣が来るという情報がありますので警備要請をしてください」と警察が来ました。
「大河原総務課長が、どうせ機動隊の裏金作りが目的だ」と警備要請を断ってしまいました。すると、右翼が来なかったのです。

それ以前、警備要請をしたときも、右翼が活動を夕方4時半に終らせるので、機動隊は片付けをして5時には帰れるようになっていました。要するに芝居なのです。目的は裏金作り。ばかばかしいったらありゃしない。

阿久根に街宣に来た、右翼の人間に話を聞いた人がいました。「竹原を殺したいのか?」
すると、「竹原が言っている事は本当だ。カネ貰ったからやっているだけ」
(右翼の街宣も機動隊の警備も)国家の組織犯罪、芝居(大衆をだます)です。

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2011年4月13日 (水)

人間が何かできるはずがない。

Photos of the Day - Fukushima Dai-ichi Aerials

By Mike Zacchino, The Oregonian

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March 30, 2011 12:25 PM

On March 24, 2011, a small unmanned drone flew over and photographed the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear plant, giving a bird's eye view of the damage.   (12 total photos)

 
1 of 12 In this March 24, 2011 photo released by AIR PHOTO SERVICE, a small unmanned drone is pictured before flying over the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear plant to take aerial photos, at Fukushima Sky Park in Fukushima, northern Japan. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT
2 of 12 In this March 20, 2011 aerial photo taken by a small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE, the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant is seen in Okumamachi, Fukushima prefecture, northern Japan. From right to left: Unit 1, Unit 2 and Unit 3. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT
3 of 12 In this March 24, 2011 aerial photo taken by a small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE, Unit 4, left, and Unit 3 of the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant are seen in Okumamachi, Fukushima prefecture, northern Japan. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT
4 of 12 In this March 24, 2011 aerial photo taken by a small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE, damaged Unit 3, left, and Unit 4 of the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant are seen in Okumamachi, Fukushima prefecture, northern Japan. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT
Photo Essays continue below

5 of 12 In this March 24, 2011 aerial photo taken by small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE, the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant is seen in Okumamachi, Fukushima prefecture, northern Japan. From top to bottom, Unit 1 through Unit 4. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT
6 of 12 In this March 20, 2011 aerial photo taken by a small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE, the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant is seen in Okumamachi, Fukushima prefecture, northern Japan. From top to bottom: Unit 1, Unit 2, Unit 3 and Unit 4. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT
7 of 12 In this March 20, 2011 aerial photo taken by a small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE, the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant is seen in Okumamachi, Fukushima prefecture, northern Japan. From right to left: Unit 1, Unit2, Unit 3 and Unit 4. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT
8 of 12 In this March 20, 2011 aerial photo taken by a small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE, damaged Unit 4, left, and Unit 3 of the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant are seen in Okumamachi, Fukushima prefecture, northern Japan. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT
9 of 12 ALTERNATE CROP OF TOK103 - This March 24, 2011 aerial photo taken by a small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE shows damaged Unit 3 of the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant in Okumamachi, Fukushima Prefecture, northeastern Japan. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT
10 of 12 ALTERNATE CROP OF TOK103 - This March 24, 2011 aerial photo taken by a small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE shows damaged Unit 4 of the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant in Okumamachi, Fukushima prefecture, northern Japan. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT
11 of 12 In this March 20, 2011 aerial photo taken by a small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE, the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant are seen in Okumamachi, Fukushima prefecture, northern Japan. From left: Unit 1, partially seen; Unit 2, Unit 3 and Unit 4. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT

12 of 12 In this March 24, 2011 aerial photo taken by a small unmanned drone and released by AIR PHOTO SERVICE, damaged Unit 3 of the crippled Fukushima Dai-ichi nuclear power plant is seen in Okumamachi, Fukushima prefecture, northern Japan. (AP Photo/AIR PHOTO SERVICE) MANDATORY CREDIT

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平井憲夫さんの遺言

原発がどんなものか知ってほしい

原発がどんなものか知ってほしい(全)

平井憲夫

私は原発反対運動家ではありません

 私は原発反対運動家ではありません。二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。

  1. 私は原発反対運動家ではありません
  2. 「安全」は机上の話
  3. 素人が造る原発
  4. 名ばかりの検査・検査官
  5. いいかげんな原発の耐震設計
  6. 定期点検工事も素人が
  7. 放射能垂れ流しの海
  8. 内部被爆が一番怖い
  9. 普通の職場環境とは全く違う
  10. 「絶対安全」だと5時間の洗脳教育
  11. だれが助けるのか
  12. びっくりした美浜原発細管破断事故!
  13. もんじゅの大事故
  14. 日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?
  15. 日本には途中でやめる勇気がない
  16. 廃炉も解体も出来ない原発
  17. 「閉鎖」して、監視・管理
  18. どうしようもない放射性廃棄物
  19. 住民の被曝と恐ろしい差別
  20. 私、子供生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。
  21. 原発がある限り、安心できない

著者 平井憲夫さんについて


私は原発反対運動家ではありません。

 二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。

 はじめて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思いま す。原発について、設計の話をする人はたくさんいますが、私のように施工、造る話をする人がいないのです。しかし、現場を知らないと、原発の本当のことは 分かりません。

 私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。二○代の終わりごろに、日本に原発を造るというのでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりませんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。

「安全」は机上の話

 去年(一九九五年)の一月一七日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は、耐震設計を考え、固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。

 この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。

 世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコ ンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのも のがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。

 なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。

素人が造る原発

 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、 ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。机上の設計の議 論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議 論は1度もされたことがありません。

 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

 日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。

 仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。

 ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。 職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に 職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らない で作業しています。それが今の原発の実情です。

 例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になってい たところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化し た原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。

 現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作 るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんで す。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるのです。こういうことも、事 故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。

 また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付け ていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕 のいい人ほど、年問の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうんです。

 また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細かい仕事が 多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになります。

 皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。

 ですから、素人が造る原発ということで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。

名ばかりの検査・検査官

 原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。しかし、その検査体制が問題なのです。出来上がったものを見るのが日本の検査ですから、それではダメなのです。検査は施工の過程を見ることが重要なのです。

 検査官が溶接なら溶接を、「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。

 原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなかったです。

 というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいました。その人は「自 分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人や ハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発 にいた専門官は三か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。このようにまったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。

 東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と 報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知ったのです。なぜ、専門官が何も知らなかったのか。それ は、電力会社の人は専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように、いちいち説明する時間がな かったので、その人を現場にも入れないで放って置いたのです。だから何も知らなかったのです。

 そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですか ら、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知り ません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日 立・東芝・三菱の三社があります。私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほ とんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、メー力-でないと、詳しいことは分からないのです。

 私は現役のころも、辞めてからも、ずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく、本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進している ところですから、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、現場のたたき上げの職 人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていません。このように、日本の原 発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。

いいかげんな原発の耐震設計

 阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」と いうあきれたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたに して、大丈夫だなんて、とんでもないことです。1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありました が、この事故は大変な事故でした。なぜ大変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5では ないのに止まったんです。わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。これ は、東北電力が言うように、止まったからよかった、というような簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まったということ は、5では止まらない可能性もあるということなんです。つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。

 こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではないでしょうか。

定期点検工事も素人が

 原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることになっていて、定期検査、定検といっています。原子炉には70気圧とか、150気 圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが、水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから、配管 の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないのですが、この作業に必 ず被曝が伴うわけです。

 原発は一回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ 行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。放射 線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。作業し ている人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。体 の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、シャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られま す。

 また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元が ちゃんと定まりません。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですか ら、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。

 そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。

 例えば、ボルトをネジで締める作業をするとき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分刻みです。

 現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業ができる所だとすると、20分経つとアラ-ムメーターが鳴るようにしてある。だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。

 そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。アラームメー ターが鳴るのが怖いですから。アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると、顔から血の気が引くくらい怖 いものです。これは経験した者でないと分かりません。ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですから ネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなります か。

放射能垂れ流しの海

 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。

 海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。

 原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。

 防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、それを最初は水洗いして、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると、すごい 量です。こういう所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このま までは、放射能に汚染されていないものを選べなくなると思いますよ。

 数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。「私はいままで原発のことを知らなかった。今日、昆布とわかめをお得意さんに持っていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原発が運転に入ったから」って言われた。原発のことは何も分からないけど、初めて実感として原発のことが分かった。どうしたらいいのか」って途方にくれていました。みなさんの知らないところで、日本の海が放射能で汚染され続けています。

内部被爆が一番怖い

 原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。

 ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホ コリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が 外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。

 体の中に入った放射能は、通常は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになりま す。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積 されていきますから。

 原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。

 私はその内部被曝を百回以上もして、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったのです。

普通の職場環境とは全く違う

 放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿勢です。

 例えば、定検工事ですと三ケ月くらいかかりますから、それで割ると一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に五分から七 分間しか作業が出来ないところもあります。しかし、それでは全く仕事になりませんから、三日分とか、一週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるので す。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知っ てくれていると、まだいいのですが……。電力会社はこういうことを一切教えません。

 稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネ ジを締めるのに働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるく らいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたっ た一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、金額で四百万円くらいかかりました。

 なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。

「絶対安全」だと五時間の洗脳教育

 原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約二七万人ですが、そのほとんどが原発作業 者です。今も九万人くらいの人が原発で働いています。その人たちが年一回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被曝しながら支えているのです。

 原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。原発が危険だ とは一切教えません。国の被曝線量で管理しているので、絶対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒される と言っているが、あれは“マッカナ、オオウソ”である、国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だと、五時間かけて洗脳します。  

 こういう「原発安全」の洗脳を、電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」と思い込むようになるのです。

 私自身が二〇年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ま した。何人殺したかわかりません。みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていま せんから、不安だとは大半の人は思っていません。体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。 それをいかに本人や外部に知られないように処理するかが責任者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるようでは、現場責任者は失格なのです。これが原 発の現場です。

 私はこのような仕事を長くやっていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が日毎に増していきました。そうした自分自 身に、問いかけることも多くなっていました。一体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのかと。気がついたら、二〇年の原 発労働で、私の体も被曝でぼろぼろになっていました。

だれが助けるのか

 また、東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を 争う大怪我でしたから、直ぐに救急車を呼んで運び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、電力会社もあわてていたので、防護 服を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に 運ばれてしまったんです。だから、その怪我人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さ んも汚染される、その患者さんが外へ出て、また汚染が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいました。みんなが大怪我を して出血のひどい人を何とか助けたいと思って必死だっただけで、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だれも気が付か なかったんですよ。

 一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像できますか。人ごとではないのです。この国の人、みんなの問題です。

びっくりした美浜原発細管破断事故!

 皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。一九八九年に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。

 そして、一九九一年二月に、関西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。

 チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。 だから、ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふ るえて椅子から立ち上がれない程でした。

 この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発 の安全を守るための最後の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せた バスが高速道路を一〇〇キロのスピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故 だったんです。

 原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと 〇・七秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その 人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。

 この事故は、二ミリくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに 入っていなかったのが原因でした。施工ミスです。そのことが二十年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから、定検のいい加減さがばれた事故でも あった。入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われているということが分かっ た事故でもあったんです。

もんじゅの大事故

 去年(一九九五年)の十二月八日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしま した。もんじゅの事故はこれが初めてではなく、それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼ばれて行きました。というのは、所長とか監督と か職人とか、元の部下だった人たちがもんじゅの担当もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけは事 故が起きたら取り返しがつきませんから、放っては置けないので行くのです。

 ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の 配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてよう やく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。

 図面を引くときに、私が居た日立は〇・五mm切り捨て、東芝と三菱は〇・五mm切上げ、日本原研は〇・五mm切下げなんです。たった〇・五mmですが、百カ所も集まると大変な違いになるのです。だから、数字も線も合っているのに合わなかったのですね。

 これではダメだということで、みんな作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。

 どうしてそういうことになるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この〇・五mmにつ いて、切り上げるか、切り下げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回のもんじゅの事故の原因となった温度センサー にしても、メーカー同士での話し合いもされていなかったんではないでしょうか。

 どんなプラントの配管にも、あのような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。

 動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なんです。

 しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福井県の議会から呼ばれて行きました。あそこには十五基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も、「事故が起きたらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたらよいか教えてほしい」と相談を受けたのです。

 それで、私がまず最初に言ったことは、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化されちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動燃が「今回の事象は……」と説明を始めたら、「事故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。地元の人たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけないんです。

 普通の人にとって、「事故」というのと「事象」というのとでは、とらえ方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるような姑息なことをしているので、日本人には原発の事故の危機感がほとんどないのです。

日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?

 もんじゅに使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウムを取り出すことですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないものです。

 そのプルトニウムがもんじゅには約一・四トンも使われています。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムで どのくらいの原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺ガンを起こす猛毒物質です。半減期が二万四千年もあるので、永久に放射能を出し続けます。だか ら、その名前がプルートー、地獄の王という名前からつけられたように、プルトニウムはこの世で一番危険なものといわれるわけですよ。

 しかし、日本のプルトニウムが去年(一九九五年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きいことを知っている人は、余り いません。フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使わ れてしまったことはほとんど間違いありません。

 日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止めればよかったんです。でも、それをしなかった。

 日本とフランスの貿易額で二番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知らないで、いくら「核実験に反対、反対」といっても仕方がないんじゃないでしょうか。それに、唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、きれいな海を放射能で汚してしまったに違いありません。

 世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料 (MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃や すようなことなんです。原発の元々の設計がプルトニウムを燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だか ら原爆の材料にしているわけですから。

 いくら資源がない国だからといっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被曝者が増えていくばかりです。

日本には途中でやめる勇気がない

 世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、二月(一九九六年)に二〇一五年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。

 もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止 めて、リゾートパークにしてしまいました。世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。でも、まだ止めない。これからもやると言っています。

 どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょう。

 とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。

 もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。

 また、日立と東芝にある原子力部門の人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているのです。

 原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま 合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわな いから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つま り、原発をもっともっと造ろうということになるのです」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。

廃炉も解体も出来ない原発い

 一九六六年に、日本で初めてイギリスから輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから 輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に一三五万キロワットというような巨大な原発を含めて五一の原発が運転されて います。

 具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロに なるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、一九八一年に十年たった東京電力の福島原発の一 号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。

 この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射 能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしよう もないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。

 机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能が ゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はし ていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。

 結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。

 最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう三〇年近く動いています。そんな原発が十一もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。

 また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上 の計算では、修理に二〇億円、廃炉にするには六〇億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して 放射能がなくなるまで管理するしかないのです。

 それが一〇〇万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。

「閉鎖」して、監視・管理

 なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置してお くと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めた ままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。

 先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。

 放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなっ たり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるま で、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。 

 今、運転中が五一、建設中が三、全部で五四の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつか あります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいのは一三五万キロワット、大小合わせて七 六もの原子炉があることになります。

 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新 規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に五機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設 もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、二〇一〇年には七〇~八〇基にし ようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。

 これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。

どうしようもない放射性廃棄物

 それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。

 日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり 前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。

 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。

 現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。

 もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフ ランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物を ガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所 村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まって いません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。

 原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのん きなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようと いうんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早 く、原発を止めるしかなんですよ。

 私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。

 それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。

住民の被曝と恐ろしい差別

 日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。

 原発にある高い排気塔からは、放射能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、二四時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝しているのです。

  ある女性から手紙が来ました。二三歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交 わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親 たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。 だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。

 この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、 原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんで す。 こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、 こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。

私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。

 最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。

  その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。

 話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 

 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来てい るのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりして いる。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高 いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。

 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。

 「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。

 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。

 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。

 担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。

 これは決して、原子力防災の八キロとか十キロの問題ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。

原発がある限り、安心できない

 みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。

 チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。

 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。

 原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させ なければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被 曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。

 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないで しょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だ ということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。

 それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今 作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。

 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。

 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電 所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これを どうしても知って欲しいのです。

 ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っていあす。

 原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。


優しい地球 残そう子どもたちに

筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。


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原子力発電がなくても暮らせる社会をつくる国民会議
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2011年4月11日 (月)

浜通りの地震はすべて震源10kmという怪奇

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地震情報

2011年4月11日 22時10分現在

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情報発表時刻 2011年4月11日 22時10分
発生時刻 2011年4月11日 22時5分ごろ
震源地 福島県浜通り
緯度 北緯37.0度
経度 東経140.8度
深さ 20km
規模 マグニチュード 4.7
震度4
福島県 福島県中通り  福島県浜通り  棚倉町  いわき市
震度3
福島県 白河市  中島村  鮫川村  浅川町  古殿町
茨城県 茨城県北部  茨城県南部  日立市  高萩市  笠間市  ひたちなか市  大子町  常陸大宮市  城里町  土浦市  鉾田市
栃木県 栃木県南部  芳賀町

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情報発表時刻 発生時刻 震源地 最大震度
2011年4月11日 21時39分 2011年4月11日 21時36分ごろ 和歌山県北部 1
2011年4月11日 20時58分 2011年4月11日 20時53分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 20時52分 2011年4月11日 20時42分ごろ 茨城県北部 5弱
2011年4月11日 20時31分 2011年4月11日 20時27分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 20時27分 2011年4月11日 20時23分ごろ 茨城県北部 3
2011年4月11日 20時4分 2011年4月11日 19時59分ごろ 福島県沖 3
2011年4月11日 19時36分 2011年4月11日 19時31分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 19時32分 2011年4月11日 19時28分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 19時29分 2011年4月11日 19時25分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 19時25分 2011年4月11日 19時19分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 19時13分 2011年4月11日 19時9分ごろ 福島県沖 3
2011年4月11日 19時9分 2011年4月11日 19時5分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 19時5分 2011年4月11日 19時2分ごろ 福島県浜通り 2
2011年4月11日 19時3分 2011年4月11日 19時0分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 19時1分 2011年4月11日 18時57分ごろ --- 3
2011年4月11日 18時58分 2011年4月11日 18時55分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 18時57分 2011年4月11日 18時53分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 18時52分 2011年4月11日 18時48分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 18時48分 2011年4月11日 18時45分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 18時45分 2011年4月11日 18時42分ごろ 福島県浜通り 1
2011年4月11日 18時42分 2011年4月11日 18時39分ごろ 福島県浜通り 2
2011年4月11日 18時40分 2011年4月11日 18時35分ごろ 福島県浜通り 4
2011年4月11日 18時34分 2011年4月11日 18時30分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 18時31分 2011年4月11日 18時28分ごろ 福島県浜通り 1
2011年4月11日 18時26分 2011年4月11日 18時23分ごろ 福島県沖 3
2011年4月11日 18時23分 2011年4月11日 18時19分ごろ 宮城県沖 2
2011年4月11日 18時16分 2011年4月11日 18時12分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 18時9分 2011年4月11日 18時5分ごろ 福島県浜通り 4
2011年4月11日 18時2分 2011年4月11日 17時58分ごろ 福島県浜通り 4
2011年4月11日 17時54分 2011年4月11日 17時51分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 17時49分 2011年4月11日 17時45分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月11日 17時38分 2011年4月11日 17時33分ごろ 福島県中通り 3
2011年4月11日 17時32分 2011年4月11日 17時26分ごろ 福島県浜通り 5弱
2011年4月11日 17時25分 2011年4月11日 17時17分ごろ 福島県浜通り 5弱
2011年4月11日 17時20分 2011年4月11日 17時16分ごろ 福島県浜通り 6弱
2011年4月11日 17時14分 2011年4月11日 17時10分ごろ 十勝地方中部 1
2011年4月11日 16時48分 2011年4月11日 16時44分ごろ 福島県会津 2
2011年4月11日 16時46分 2011年4月11日 16時43分ごろ 福島県浜通り 2
2011年4月11日 16時32分 2011年4月11日 16時29分ごろ 宮城県沖 2
2011年4月11日 16時9分 2011年4月11日 16時6分ごろ 福島県沖 2
2011年4月11日 15時16分 2011年4月11日 15時13分ごろ 茨城県北部 1
2011年4月11日 15時7分 2011年4月11日 15時0分ごろ 長野県北部 1
2011年4月11日 15時2分 2011年4月11日 14時59分ごろ 長野県北部 2
2011年4月11日 14時14分 2011年4月11日 14時11分ごろ 岩手県沖 2
2011年4月11日 14時9分 2011年4月11日 14時6分ごろ 福島県会津 1
2011年4月11日 13時55分 2011年4月11日 13時51分ごろ --- 4
2011年4月11日 13時43分 2011年4月11日 13時40分ごろ 宮城県沖 1
2011年4月11日 13時9分 2011年4月11日 13時5分ごろ 茨城県北部 2
2011年4月11日 11時48分 2011年4月11日 11時45分ごろ 新潟県中越 2
2011年4月11日 11時39分 2011年4月11日 11時36分ごろ 長野県南部 1
2011年4月11日 11時31分 2011年4月11日 11時26分ごろ 福島県沖 1
2011年4月11日 11時15分 2011年4月11日 11時12分ごろ 長野県北部 1
2011年4月11日 11時10分 2011年4月11日 11時4分ごろ 長野県北部 1
2011年4月11日 11時4分 2011年4月11日 11時0分ごろ 茨城県北部 3
2011年4月11日 10時30分 2011年4月11日 10時26分ごろ 福島県沖 2
2011年4月11日 10時28分 2011年4月11日 10時25分ごろ 茨城県沖 1
2011年4月11日 10時20分 2011年4月11日 10時17分ごろ 新潟県中越 3
2011年4月11日 9時42分 2011年4月11日 9時39分ごろ 茨城県北部 1
2011年4月11日 9時37分 2011年4月11日 9時34分ごろ 茨城県北部 2
2011年4月11日 9時10分 2011年4月11日 9時6分ごろ 茨城県北部 2
2011年4月11日 9時3分 2011年4月11日 9時0分ごろ 茨城県北部 2
2011年4月11日 8時51分 2011年4月11日 8時47分ごろ 千葉県北西部 1
2011年4月11日 6時40分 2011年4月11日 6時36分ごろ 茨城県沖 4
2011年4月11日 6時18分 2011年4月11日 6時14分ごろ 長野県北部 1
2011年4月11日 5時25分 2011年4月11日 5時20分ごろ 茨城県沖 3
2011年4月11日 4時31分 2011年4月11日 4時27分ごろ 根室半島南東沖 1
2011年4月11日 2時48分 2011年4月11日 2時45分ごろ 福島県沖 3
2011年4月11日 1時25分 2011年4月11日 1時21分ごろ 宮城県沖 3
2011年4月11日 0時54分 2011年4月11日 0時50分ごろ 福島県会津 2
2011年4月11日 0時11分 2011年4月11日 0時7分ごろ 宮城県沖 3
2011年4月10日 20時25分 2011年4月10日 20時22分ごろ 福島県浜通り 4
2011年4月10日 17時56分 2011年4月10日 17時52分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月10日 12時27分 2011年4月10日 12時22分ごろ 茨城県南部 1
2011年4月10日 9時24分 2011年4月10日 9時19分ごろ 福島県会津 1
2011年4月10日 6時28分 2011年4月10日 6時23分ごろ 千葉県北西部 2
2011年4月10日 3時53分 2011年4月10日 3時49分ごろ 千葉県北西部 1
2011年4月10日 2時52分 2011年4月10日 2時47分ごろ 千葉県北西部 1
2011年4月10日 0時13分 2011年4月10日 0時8分ごろ 茨城県南部 1
2011年4月9日 23時35分 2011年4月9日 23時29分ごろ 茨城県南部 1
2011年4月9日 22時2分 2011年4月9日 21時58分ごろ 種子島南東沖 3
2011年4月9日 21時51分 2011年4月9日 21時47分ごろ 埼玉県南部 3
2011年4月9日 19時8分 2011年4月9日 19時3分ごろ 静岡県東部 1
2011年4月9日 18時46分 2011年4月9日 18時42分ごろ 宮城県沖 5弱
2011年4月9日 18時6分 2011年4月9日 18時1分ごろ 福島県浜通り 3
2011年4月9日 17時5分 2011年4月9日 17時2分ごろ 茨城県南部 4
2011年4月9日 16時32分 2011年4月9日 16時28分ごろ 茨城県沖 3
2011年4月9日 14時29分 2011年4月9日 14時24分ごろ 岐阜県飛騨 1
2011年4月9日 12時36分 2011年4月9日 12時33分ごろ 茨城県沖 3
2011年4月9日 12時3分 2011年4月9日 11時59分ごろ 宮城県沖 3
2011年4月9日 8時29分 2011年4月9日 8時24分ごろ 根室半島南東沖 1
2011年4月9日 8時12分 2011年4月9日 8時7分ごろ 岐阜県飛騨 1
2011年4月9日 8時10分 2011年4月9日 8時5分ごろ 岐阜県飛騨 1
2011年4月9日 7時49分 2011年4月9日 7時44分ごろ 山形県村山 1
2011年4月9日 7時45分 2011年4月9日 7時40分ごろ 鹿児島県薩摩 1
2011年4月9日 6時33分 2011年4月9日 6時30分ごろ 群馬県北部 3
2011年4月9日 4時1分 2011年4月9日 3時57分ごろ 茨城県南部 3
2011年4月9日 3時48分 2011年4月9日 3時42分ごろ 北海道東方沖 2
2011年4月9日 0時43分 2011年4月9日 0時39分ごろ 福島県沖 3
2011年4月8日 19時23分 2011年4月8日 19時18分ごろ 長野県北部 1
2011年4月8日 18時45分 2011年4月8日 18時40分ごろ 長野県南部 2

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2011年4月 8日 (金)

1号炉で緊急事態 広島原爆爆心地並みのγ線

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2011年4月 5日 (火)

プルトニウムは、吸い込むとかなり危険。

プルトニウムの毒性はアルファ線によるもの。吸いこんだ場合に、大きな影響が出る
               
                          プルトニウムが放出するアルファ線は、短い距離しか体内を透過しない。飲みこんだ場合は、ほとんど排泄されてしまう。しかし、吸いこんでしまうと長い間、肺に付着し、徐々に血液中に入る。
       
       

                                                                                                                                                                     
■放射線の毒性
 プルトニウムの毒性には、放射線の毒性と化学的な毒性が考えられる。
               放射線の毒性は、プルトニウムが放出するアルファ線によるもので、このアルファ線は人体の中を極めて短い距離しか透過しない(組織の中で約40ミクロ ン、骨では約10ミクロン)。 この短い距離の間に、アルファ線は細胞や組織、器官に全部のエネルギーを与え、それらの機能を損なわさせる。プルトニウム 1g当たりの放射能の強さは、同じようにアルファ線を放出するウランに比べてかなり高くなるので、放射線の毒性も強くなる。
               プルトニウムは、半減期が長いことも毒性に関係している。一番存在量の多いプルトニウム239の半減期は、約2万4000年で、長い間にわたってアル ファ線を出し続けている。しかし、人体は異物を排除する排泄機能があるから、プルトニウムを体内に取り込んでも一生体内にとどまっているわけではない。プ ルトニウムが体内にとどまる時間を表す生物学的半減期は、骨では50年、肝臓で20年と評価されている。
■化学的な毒性
  プルトニウムは、ウランと同様に腎臓に対する化学的な毒性が考えられる。しかし、化学的な毒性は放射線の毒性よりもはるかに小さいと考えられている。
       

■ほとんど排泄される経口摂取
       

                                                     
  プルトニウムは無傷の皮膚からは体内に吸収されない。傷があると、そこから侵入し、比較的長い時間その場所にとどまり、ゆっくりとその部分のリンパ節に集まる。また、血液の中に入ったものは、肝職や骨に付着する。
               プルトニウムが体内に取り込まれるのに、飲食物などを介して口から入る(経口接取)か、呼吸を通して吸入される(吸入摂取)かの二通りが考えられる。
               飲み込んだプルトニウムは、消化管にほとんど吸収されずに排泄されてしまう。消化管から吸収される割合は、年齢や化合物の種類で異なり、大人の場合、酸化プルトニウムで約0.001%、硝酸プルトニウムで約0.01%とごくわずかである。
                                                
■肺に付着する吸入摂取
                                                             
  一番影響が大きいのは吸い込んだ場合だ。吸い込まれたプ ルトニウムは、長い間、肺に付着する。しかし、人体は、器官に生えている繊毛という毛がチリなどの異物をつかまえ、粘液と一緒に食道に送り排泄するメカニ ズムを持っている。吸い込まれたプルトニウムもこの働きによって体外へ排泄されるから、肺に付着するのは4分の1程度。肺に付着したプルトニウムは、徐々 に血液の中に入り、リンパ節や肝臓、骨などに集まり、排泄されずに長くとどまる。
       
                                   
 ※生物的半減期              
              体の中に存在する放射性物質が排泄機能によってその半分が排泄されるまでの時間のこと。

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電力自給の島 山口県の祝島

原発の電気はいらない、自分たちで作る--。そんな日本初のプロジェクトが始まった。原発建設計画に30年近くも抵 抗し続けてきた瀬戸内海の小さな島が、ひとつの映画をきっかけに動きだした、小さな挑戦だ。だがそれは、日本のエネルギー政策に一石を投じるような、大き な動きになるかもしれない。

 瀬戸内海に浮かぶ祝島(山口県上関町)は、人口500人弱の小さな島だ。古代においては、畿内から九 州・国東半島を結ぶ海上交通の要所とされ、万葉集にもその名を詠まれるほど広く知られていたというが、今ではその名を知る人もそう多くはなくなった。JR 広島駅から在来線で1時間半ほどの柳井港から、さらにフェリーで1時間半海上を揺られてやっと、この小さなハート形の島にたどり着くことができる。

 島の土地のほとんどは深い森林に覆われているため、島民は港近くに密集し、多くが漁業と農業を生業として暮らしている。地域に密着した小さな商店 や電器店。石を塗り込んだ美しい練塀。民家の軒先に並ぶ寒干大根。海辺で天日干しにされたひじきなど、懐かしい風景を残す静かでおだやかな島だ。

 今年1月、この島で画期的な試みがスタートした。「祝島自然エネルギー100%プロジェクト」と銘打たれたこの計画は、祝島の恵まれた自然を生か し、太陽光や風力などによる発電で、エネルギー自給率100%を目指すというものだ。自然エネルギー政策を積極的に進めている欧米では例があるが、日本国 内においては初の試みとなる。

 なぜこの小さな島で、日本のエネルギー問題の流れを大きく変えるような計画が行われようとしているのか。それは、この島が長年にわたり、「原発」問題と向き合ってきたことに深く関係している。

 祝島と海を挟んで向かい合う長島・田ノ浦に、中国電力による原子力発電所の建設計画が持ち上がったのは、1982年のことだ。漁業で生計を立てる 島民にとって、原発建設によって環境が破壊されることは死活問題だ。微量とはいえ、排水に含まれる放射性物質は、風評被害の原因にもなる。島民は総額10 億円を超える漁業補償金の受け取りを拒否。以来、今に至るまで反対運動を続けている。

 また、祝島周辺の海は、環境汚染が進む瀬戸内海の中で、世界的にも絶滅危惧種とされるカンムリウミスズメやスナメリなどが生息する生物多様性の宝庫としても知られている。原発の温排水が島周辺の生態系を大きく変えることは目に見えており、環境への影響が懸念されている。

◆島の人も原発の電気使うと批判◆

 2009年には中国電力が原発建設予定地の海面埋め立て工事に着手したが、島民の激しい反対運動で中断。現在もほぼ毎日、島民の漁船団が海上で工 事作業船を監視し、抗議行動を続けている。今回の取り組みが、膠着状態が続く原発反対運動にも新しい風を吹き込むことが期待される。

 プロジェクトは、島民の9割が参加する「上関原発を建てさせない祝島島民の会」を中心に始まった。NGO環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也氏、ドキュメンタリー映画監督の鎌仲ひとみ氏らが賛同している。島民の会会長の山戸貞夫さん(60)はこう語る。

 「原発反対運動を30年近く続けてきたわけですが、島の人間は原発で作られた電気を使って生活をしているじゃないかという批判もあった。島の自然 の力によって、エネルギー自給は十分可能なはず。我が家でも16年前から既に太陽光発電を取り付けているし、無農薬のびわや手作りの寒干大根の産地直送販 売など、島民の多くは昔から環境問題を意識した暮らしを続けてきた。今回のプロジェクトは、我々がこの30年やってきたことの延長線上にあるものだと考え ています」

 エネルギー自給率100%とはいっても、自分たちが作った電気を自分たちだけで使うというのは、現行の電気事業法上では難しい。自らが電気事業者 となって送電線などのインフラを整えれば可能だが、プロジェクトの自然エネルギー発電で生じた余剰電力を中国電力に買い取ってもらう方法が現実的だ。今ま では原発が作った電気を「買って」いた島民が、今度は電気を「売る」側にまわるわけだ。

 試算によれば、島民が暮らすのに必要な電力総計は500~1千キロワット。まずは島内の各家庭に太陽光パネルを順次設置していき、同等の電力をカ バーすることを目標とする。ゆくゆくは風力発電や太陽熱温水器、バイオマスも取り入れ、10年後を目標に、島全体のエネルギー生産量が使用量を上回る「エ ネルギー自給率100%」状態を目指す。

 このプロジェクトを生む大きなきっかけとなったのが、賛同人でもある鎌仲監督のドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転」だ。映画の前半では、上関原発建設問題に揺れる祝島を取材し、後半では自然エネルギー政策を積極的に進めるスウェーデンを取材している。

 「80年代に国民投票で脱原発のエネルギー政策を選択したスウェーデンでは、電力自由化が実施され、電気が選べるようになりました。既存の原発で 作られた電気と、エコマークのついた自然エネルギーのどちらを使うかは、消費者の選択に任されている。自然エネルギーをベースにした電力供給のベンチャー が次々と立ち上がり、より安く安全なエネルギーを誰もが意識的に選べるのです」(鎌仲監督)

 電力自由化と並ぶこの映画のもうひとつのキーワードが「地域分散型エネルギー」だ。映画に登場する人口5千人の小さな町、オーバートネオは、かつ て失業率、所得率ともに国内最悪とされた過疎の町だった。だが地元主導で始めた風力やバイオマスなどの自然エネルギーによって、電力会社に頼らないエネル ギーの自給自足を成功させた。林業で出た廃材や家畜のし尿などの「ごみ」も、バイオマスでは貴重な「資源」となる。生まれ変わった町の誇らしげな様子は、 未来の祝島の姿に重なって見える。

 「原発など、従来の中央集権型のエネルギーから、自然エネルギーを利用した地域分散型の小規模なエネルギーシステムへ。今、世界のエネルギーは急 激にシフトチェンジしています。過疎で取り残された島と言われるけれど、実は祝島は最も未来に近い場所とも言えるのです」(鎌仲監督)

 世界の自然エネルギー動向に詳しく、プロジェクトに加わる環境エネルギー政策研究所の飯田所長も言う。

 「小規模分散型の自然エネルギーは、農業、産業、IT革命に続く"第四の革命"と言われています。その経済成長は著しく、2004年以降は3年連 続で60%の成長を見せ、世界的な不況に苦しんだ2008年ですら30%の成長を見せています。自然エネルギー先進国のドイツやデンマークを始め、中国や 東南アジアでも急激な成長を見せています。日本は完全に置いてけぼりをくらった状態なんです」

 祝島のプロジェクトを、電力会社はどのように受け止めているのか。中国電力広報室に聞くと、
 「地球温暖化が問題視される中、自然エネルギーによる発電は、当社としても推進し支援していきたいと考えており、余剰電力の買い取りも、他のお客さまと同様に対応させて頂きます」
 と言いつつも、
 「当社としては原子力をCO2削減に最も有効な発電方式と考えており、その点は島民の方にもご理解頂ければと思っています」
 と念押しされた。溝は埋まらないままだが、今回の祝島の試みが、日本のエネルギー政策に一石を投じることは確かだろう。
 
◆行政頼みはダメ、自分らで変える◆

 祝島出身で、北海道でオーガニック肉牛の牧場を営んでいた氏本長一さん(60)も、このプロジェクトの核を担うキーマンだ。4年前に祝島にUター ン。現在は放牧豚を使った有畜複合農業に取り組んでいる。祝島にはかつて山の傾斜を利用した棚田が多く見られたが、現在は島民の高齢化もあって、その多く が荒れ地となっている。氏本さんはその荒れ地に電柵を張り、豚を放して草や根を食べさせた。

 「人間の手はほとんどかかっていません。トラクターで掘り起こしても残る葛の根も、豚は鼻先で掘り起こしてきれいに食べてしまいます。豚によって耕された土地は田畑として見事によみがえります」(氏本さん)

 豚たちのエサは、毎日氏本さんが各家庭を回って集める野菜くずや魚などの生ごみ。これに小麦のふすま粉をまぜて豚たちに食べさせる。食事は1日1 度。質素な食事と放牧による運動で、普通の豚よりも成長は半年ほど遅いが、その肉はほどよく引き締まり、内臓罹病率はゼロ。質のよい肉は西麻布のフレンチ レストランに契約出荷されている。

 昨年秋には、広島市からIターンで島にやってきた芳川太佳子さん(36)が、祝島の食材だけを使ったメニューが食べられる「こいわい食堂」をオープンした。ここでも氏本さんの豚は人気メニューとなっている。

 「エネルギーは電気やガスだけじゃない。水や食べ物も、祝島の中だけで循環させることができる。自然エネルギー自給自足というシンボリックな話も 今の祝島には重要だけど、食事や水など、個々の暮らしの中にかかわるもののクオリティーを高めることも、広い意味での持続可能なエネルギーに入るんじゃな いかなと思います」(氏本さん)

 島民の会の山戸会長の息子、孝さん(33)もUターン組だ。孝さんは言う。

 「原発に関して、行政にいくら働きかけても状態を変えることはできなかった。だったら自分たちが変えていくしかないと痛感しています。僕も一度島 を出て戻ってきましたが、慣れない中で始めた無農薬のびわ栽培も軌道に乗り始めている。新しいプロジェクトが始まったことで、島にもUターン、Iターンで 若い力が集まり始めている。将来的にはエネルギーだけでなく、島が経済的にも自給自足できる状態を目指したい」

 「反原発」から「脱原発」にシフトチェンジした祝島のプロジェクトは、島民たちの強い思いに支えられている。 (岩崎眞美子)

                         (週間朝日より)

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ミツバチの羽音は「口コミ」◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 映画「ミツバチの羽音と地球の回転」は、「ヒバクシャ」「六ケ所村ラプソディー」で、被曝や原子力発電所、使用済み核燃料再処理工場の問題にス ポットをあてた鎌仲ひとみ監督の最新作。上関原発建設問題に揺れる祝島と、電力自由化のもとで自然エネルギーを積極的に取り入れているスウェーデンを取材 している。

 タイトルの「ミツバチの羽音」には「口コミ」の意味がある。映画を見た人がミツバチがぶんぶん飛び回るように、自然エネルギーの問題を多くの人につなげてほしい。そんな思いが込められている。

 エネルギー自給率4%と言われる日本だが、実は自然エネルギーにおいては無限の可能性があることに気付かせてくれる映画だ。

 各地で自主上映会などが開かれているが、現在、渋谷ユーロスペースにてロードショー上映中。映画公式HPは、http://www.888earth.net

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今日から7日にかけて全国的に核汚染となる。吸わない方がよい。

Photo

冬型の風が終り、今後このように全国をまきこんだ風となる。
8日9日は雨となり、水道水への汚染が始まる。

我々にできることは、個人的な防御しかない。

外出時にマスク着用(二重にし、濡らしたガーゼを挟めば尚良い、あるいは、N95以上の防塵、防ウイルスマスクに濡れガーゼ)

外出時に防塵、花粉メガネ

帽子かショール、あるいは長いスカーフによる”真知子巻き”(1952年のラジオドラマ「君の名は」、その後映画化され岸恵子が首から頭までまいたもの)

水道水に、砕いた炭、ゼオライト(園芸コーナーにある)を入れ吸着させる。

口からの入る物よりも肺への沈着の方が排出できないのではるかに危険だ。

豚インフルエンザ時に大騒ぎした政府、業界、マスごみどもも、この民族存亡の緊急事態時に、マスク着用については、一切沈黙。この異様さの裏に何のたくらみがあるのだろうか。やはり人口削減か。

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2011年4月 4日 (月)

日本では発表されない鮮明写真。完全に破壊されている。

 

※ここに記載されていないものは、以下でご覧下さい。
 出典 http://photos.oregonlive.com/photo-essay/2011/03/fukushima_dai-ichi_aerials.html
 

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2011年4月 3日 (日)

ロシアの平均寿命の推移から、放射能の影響が判る。

                                                 
 
        年齢別の死亡率から計算される平均寿命はその国の健康状態、経済発展、社会病理の状況を集約して示す指標である。

       欧米先進国の平均寿命(出生時の平均余命)は80歳前後であるのに対して、ロシアの平均寿命は65歳と10数歳も少なくなっている(図録1620参照)。

 こうした状況に至った推移を示す男女別のロシアの平均寿命を先進国平均(OECD高所得24カ国平均)とともにグラフにした。

        2008年の平均寿命は、男は62歳、女は74歳である。男の平均寿命が60歳前後、すなわち定年年齢以下である点はやはり目を引く。ロシアでは年金問 題は生じないとも言われる位である。このように男性の平均寿命が短い点とともに男女差が世界一大きい点もロシアの特徴である(図録1670参照)。

       1950~60年代には、OECD諸国(高所得国のみ)と同様に平均寿命は改善に向かっていた。当時から男女差は平均以上に開いており、女性の平均寿命はOECD平均並みであったが、男性は数歳OECD平均より低かった。

        その後、ソ連邦下の計画経済期、1991年ソ連邦崩壊後の市場経済期を通じて、起伏はあるが、全体に、男女とも低下傾向をたどるとともに、男性の平均寿 命が特に低下した。女性はピーク時より3歳程度、男性はピーク時から7歳程度平均寿命が低下した。OECD諸国が全体として順調に平均寿命を伸ばしている のと比較して、著しく対照的な推移となっていた。
      
 こうした推移は、死亡率の上昇(特に男性)によるものであり、「1992年から2001年の間までの死者数は、例年より250万人 から300万人多かったと推定される。戦争や飢餓、あるいは伝染病がないのに、これほどの規模の人命が失われたことは近年の歴史ではなかったことであ る」(国連開発計画「人間開発報告書2005」)

 時期別に見ると、経済計画期においても、1970年代に入って、平均寿命が低下する傾向となった。社会主義圏をリードする国威の発揚のため民生が犠牲に される結果になっていたといえよう。これでは国がもたないということで対策が打たれたのであろうか、1980年代に入って、平均寿命が回復しはじめた。し かし、1985年に就任したゴルバチョフが企業の独立採算制と自主管理制を導入する経済改革などペレストロイカ政策を本格実施しはじめた87年から、再 度、平均寿命は低下しはじめ、1991年のソ連邦崩壊後、1994年にかけては、急激な平均寿命の低下をみており、この時期の社会混乱の大きさをうかがわ せている。

        その後、いったんは回復に向かうかに見えた平均寿命であるが、1998年以降は、再度、一進一退の状況となった。2006年以降、やっと回復の傾向と なった。それでも、過去のピークまでは回復せず、なお、OECD平均にくらべて、女性では9歳程度、男性では、15歳程度も平均寿命が短くなっている。

       ロシアは、社会システムの崩壊がもたらす大変な状況に襲われたと想像されるが、以下に、ロシアの平均寿命の短さについての要因分析を要領よくまとめている国連開発計画UNDPの報告書から引用することとする。
      
「死因を調べるといくつかの事実が明らかになる。ロシアでは、食事と生活様式の影響で、心血管疾患の発生率が高い。ロシアではこの 「先進国病」のほかに感染症が増加しており、結核やHIV/エイズの脅威が増大している。殺人や自殺も、アルコールの過剰摂取と密接に関連している。

 労働市場の改革、1990年代の深刻かつ長期にわたった景気後退、そして社会保障の崩壊が人々の心理的ストレスを増やす結果となったと考えられる。これ は、アルコール消費量とアルコールが原因の病気に表れている。同時に、法、秩序および治安を扱う国の制度が崩壊したことに伴い、暴力的な犯罪が増加してい る。インフォーマルな経済活動や、暴力にものを言わせた取り立ても、平均寿命低下の原因となっている。1990年代前半だけで男性の殺人被害者は2倍に増 えた。

        暴力犯罪や心理ストレスだけでなく、予防可能な感染症(とくに結核、急性腸炎、ジフテリア)の蔓延は、保健医療制度に欠陥があることを示している。公共 医療支出は、1997年から98年にかけての1年ではGDPの3.5%を占めていたが、1990年から2001年の間には平均2.9%にまで減少した。裕 福な世帯の多くは新たな民間の医療サービスに頼るようになっており、多くの貧困世帯にとっては、あらゆるところで賄賂その他の正規外の支払いを求められる ために、「無料」の公的医療サービスは手の届かないものになってしまった。

       ロシアは死亡率の動向は、21世紀初頭における人間開発の最も深刻な課題の1つを示している。」(国連開発計画「人間開発報告書2005」)
      
       また、WHOの報告書は、社会の状況次第で、いかに健康格差が短期間に拡大するかの例として、以下のようなロシアの学歴別寿命の推移の図を掲げている。
      
       これを見ると市場経済への移行過程の中で高学歴の大卒は男女とも寿命を回復する一方で、初等教育卒は大きく寿命を短くなっており、ロシアの平均寿命が低迷する中で、社会階層による健康格差も急速に広がった状況がうかがわれる。
      

      
       ロシアにおける自殺率の高さについては図録277027722774参照。自殺率ばかりでなく他殺率も高い点は図録2775参照。北朝鮮においても平均寿命の低落が見られたことについては図録8902参照。
      
      (2006年10月11日収録、2007年6月18日更新、2008年5月29日更新、9月1日学歴別寿命推移図追加、2011年3月29日更新)  
      
                                                                                        
      
      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
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2011年4月 1日 (金)

2日と3日は、マスクは2重にした方がよい。

いよいよ北風に乗って、関東一円、静岡県全域までが総汚染となる。
一昨年の新型インフルエンザの時には、政府、医療、マスコミ総ぐるみのねつ造キャンペーンに欺された庶民は皆さんマスクをされていたように記憶する。
今回は放射能であり、民族の存亡にかかわるほどの事態であるにもかかわらず、皆さんマスクもしていないのは一体どういう事なのか。テレビマスごみもまったくマスクの必要性を言わない。
テレビで言われてないから大丈夫だと勝手に勘違いされているのでありましょうか。日本人がモルモットにされているのだと気付く人がどれだけいるのだろうか。
食べた毒は何とか排出できるが、肺に入り込んだ放射能は排出されない。そこから内部被爆が始まり死ぬまで永久に続く事の恐怖を知っておいた方がよい。
あ、死んでもだめか。放射能は、焼いても消えないな。拡散する。
処理もできないものを人類の英知だと抜かしたのはどこのどなただっけ。
マスゴミに登場されている東大を始めとした学者の皆様も原発の必要性をごまかしながらされていますが、おまえさんも毒からは逃れられないのだ、ということがまったくわかっていないようだな。まあこいつらは、核シェルターで生き延びる準備はしているだろうが。

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