カテゴリー「治療実績」の30件の記事

2015年5月15日 (金)

自家感作性皮膚炎、脚もお見せできるまでに治ってきました。

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3月の時には、まだ脚をお見せするには悲惨すぎましたが、やっとこのような症状に回復しました。ほぼ6ヶ月間かかりました。詳しくは3月3日の当ブログをお読み下さい。

医療では進行を止めることさえも出来ないほどの重い皮膚病もスピリチュアル・ヒーリング(霊的治療)=光の治療で完治させることができます。

重い病気は、肉体的原因だけでもたらされたわけではありませんので、肉体にしか影響の出せない薬物を使う現代医療で治せるはずが無いのです。

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2015年3月 3日 (火)

重い自家感作性皮膚炎が良くなってきました。

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下半身は、皆さんにお見せすることが出来ないほど酷い症状ですので、 完全に治るまで今しばらくお待ち頂きます。

この病気は、尋常性乾癬と並んで、医学的には原因も判らず、治療法も無く、ただ、病名だけが偉そうに一人歩きしている重い皮膚病です。医療における治療法は他の皮膚病と同じで、ステロイドのみが効果があるとされていますが、治るということは決して無いため、薬を使えば使うほど悪くなり、一生薬から逃れられない方もおられるようです。

この治療依頼者は、50才の男性ですが、1月3日撮影の3枚と、2月18日撮影の3枚の写真で明らかなように、確実に良くなってきました。

12月中旬に医者に診てもらったところ、こんなになるまでよく放っておいたものだと馬鹿にされたわけですが、この方が治療法を医者に尋ねたところ、ステロイドしか効果が無いこと、さらに、モグラたたきを続ける以外に治療方法が無い皮膚病だとはっきり言われました。

即座に自然療法で治したいと告げたため、さらに白い目で見られたようですが、一切の薬を拒否して、私の治療のみに専念してきました。

その結果、誰が見ても良くなっていることと、本人が断言しているように、治る、との自信が出ておりますので、近いうちに完治するでしょう。

重い皮膚病は、霊的な原因が必ずあること、つまり、過去生(前世)における因果律の問題があるのです。
この方もご多分に漏れずありました。それを指摘され、信じたくなくても、なるほどと思わざるを得ない点がいくつか浮上してきましたので、魂の問題であることが判ることが、治療自体を、非常にやりやすいものに押し上げるのです。

詳しくは、治った時に、お伝えするようになるでしょう。

講座生の看護師の話ですが、長くステロイドを塗り続けると、血液検査の採血の針を刺す箇所を探すのも難しくなるケースもあるそうです。血管が後退することにより、皮膚がまるで象のようになってしまうというのです。



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2015年1月26日 (月)

35ccの脳出血が9日間で止まり、回復傾向へ。

ゴルフ中に意識不明となり緊急搬送された55才の男性。左脳出血(高血圧性)失語症,右半身麻痺と診断されました。

血が止まらない場合は開頭手術、とのことでしたが、植物人間になるのはいやだ、とのご本人の意思で、手術を拒否しました。

 

倒れて2時間後から遠隔治療を開始し、4時間後から、中継役の治療家を通して毎日遠隔治療をしました。6日後に、病室にて直接治療しました。

右の方の写真が入院直後のもので、左脳中心部分から外側に白く写っているのが出血部分です。9日後が左の写真で、出血は無く、かなり吸収されて小さくなっています。

在、言葉は回復しましたが、右半身麻痺は、回復しておりませんので、継続して治療していきます。

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お酒と高血圧の薬が原因と言えます。

元々200くらいある高血圧症だったのですが、薬を飲まずに、何かあれば私のところで乗り越えて参りましたが、昨年、心不全となり入院し、その経緯で高血圧の薬を5種類も飲まされてきた間に、血管が緩みっぱなしになり、もろくなっていたところに、前日の飲酒、さらに、ゴルフと重なり、急激な血圧上昇に血管自体が耐えられず、出血したものです。

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2014年1月21日 (火)

原爆投下がきっかけでアガルタ人と会うことになったバード少将

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2013年5月27日 (月)

健康保険を食い尽くし、病気を作る医療の実際(2) 前立腺肥大編

4月20日に取り上げました、5年前に、おしっこが出なくなり、医者に駆け込んで導尿してもらった86歳の男性のその後についてお伝えします。

導尿しなくてはならないほどの前立腺肥大で、導尿して事なきを得た、という事実があるにもかかわらず、つまり、導尿さえ続けていけば何も問題は起こ らなかったにもかかわらず、さらに導尿は、自分で出来るにもかかわらず、月に1回病院に通わされ、医者に進行過程にある病気に対する薬物を5年間に渡って 処方された結果、顔がムーンフェイス、気力がなくなる、足が象のようになり歩けなくなる、性格が女性化する、など誰が見ても明らかにおかしくなりました。

 

薬は、黄体ホルモン、ステロイド、アスピリン、胃潰瘍の薬、の飲み薬4種、と、1回10万円もする、何のためのものか教えてもらっていない注射を、5年間にわたって処方され注射されてきました。

その後ご家族から大変なことを聞かされました。

私の所で治療を受けてはいたのですが、薬はやめないで様子を見ていたところ、、本人が風呂場でのぼせてしまい、体が動かせなくなり声も上げられないまま3回も溺れかけたというのです。幸い1回目は、若い男性のお孫さんが入浴時間の長さに気がつき救い上げ、2回目3回目は、危険だと判断したご家族が上がる時間を判断し、お湯を抜いていたため溺れずに済んでいたのですが、本人が言うことには、意思はあるが体が言うことをきかない、力が入らなかった、とのことでした。

このことがあリ、やっと薬が原因ではないかとのご家族全員の判断により、一切薬を飲むことをやめたのです。

その後、見る見る元気を取り戻し、歩けるようになり、風呂も以前と同じようにまったく一人で自由に入れるようになり、最近では東京までご家族で遊びに行けるようになりました。

どう考えても薬による副作用で危険な目にあったことは間違いありません。

ムーンフェイスは治り、体や足のむくみも無くなりました。まったく5年前の正常な状態に近く戻ったのです。

私の治療で治ったのではなく、単に薬を一切飲まなかったことにより、元に戻った、ということなのです。

元々病気ではなかったことがわかり医療に騙されるところだった、ということが実感できよかった良かったということになりました。

もし医者の言うがままになっていれば、寝たきりになり一生病院のベッドに縛り付けられてお終いになったケースです。

悪魔イルミナティの手先としか思えない医療の実態がはっきりわかる事件でした。

271人のガン専門の医者に、もし自分がガンになった場合にどうしますかという質問に対して、自分は抗がん剤は使わない、と答えた医者が、270人だそうです。

医療の実態を良く露しています。何の説明も要いりません。

医療だけではなくすべてがサギ山の三角山を形作っています。

もうこの詐欺山に登らされることはないでしょう。

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2013年3月 4日 (月)

全頭型円形脱毛症が2ヶ月間で治った症例。霊的な原因。

1年前に、短期間で、頭髪すべてが抜けてしまった50台の女性のケース。

遠方のため、直接治療に1度も来ることが出来なかったのですが、電話と、メールでやり取りし、遠隔治療のみ2ヶ月間で完治させました。

遠隔治療を開始して1週間目から、依頼者の頭の周りに、二人の特徴ある男女が影絵の状態で現れてきました。
はっきりした特徴がありましたので、依頼者に伝えたところ、亡くなった母親がお店を経営していたときの従業員の2人だったのです。依頼者自身がよく知っていた方たちだったので、特徴を伝えたらすぐにわかりました。何とその男性はまったく頭髪のない方だったのです。

その後さまざまな彼らからの思いがこちらに伝わってきましたので、依頼者には何回もメールでやり取りを繰り返しながら、憑依していたこのおふたりを霊界に送ることで、1ヶ月たった時点で、発毛が確認できました。
その後も、この方たち以外の関係者や、依頼者のご親族が次々に現れ、ご自分たちも霊界に行きたい、救われたいという思いをこちらに伝えてきましたので、お答えでき、かなりの方々を霊界にお送りしました。

地球圏にとどまらざるを得なかった霊たちが、依頼者を通じて、私に霊界に送るように仕向けた事例だったことがわかりました。

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円形脱毛症が1ヶ月で治った症例。胸のチャクラとの関連。

中学1年生女子のケース。

クラス同級生3名によるいじめにより、2箇所に長さ7センチ幅2センチの脱毛。登校出来ない日がたびたびありました。

医療機関や、良いと思われた治療を数ヶ月間継続したが、まったく効果がなかったところ、母親のお友達の紹介で私が治療することになりました。

1回目の治療(1時間)で、いじめっ子の嫉妬による悪念によるものと判断し、小さくなっていた胸のチャクラと、それと繋がっている背中の中心部のチャクラを開放し、まったく出来なくなっていた丹田呼吸を復活させることが出来ました。

登校拒否の子供たちや、会社に行けなくなってしまった方々は、すべて、心臓のチャクラが小さくなっているのです。

チャクラは、宇宙的な、霊的なエネルギーを肉体に取り入れる場所であるだけでなく、特に心臓のチャクラは、対人関係におけるエネルギーも直接受けるので、受け入れたくないものをチャクラを小さくすることで受けにくくする、ということを誰でも本能的に行うようになっているのです。

胸のチャクラが小さくなると、それに繋がっている丹田のチャクラも塞がってしまい腹式呼吸の深いゆったりした呼吸が出来なくなってしまうのです。

おなかが膨らまない呼吸になっている方は、ストレスにより心臓のチャクラが小さくなっているのです。
おなかが膨らまなくなっている場合は、胸の中心部分を押せば必ず鋭い痛みがありますのですぐに確認できます。私は、1回の1秒間の治療で胸のチャクラの閉塞をを復活できますが、他人のエネルギーを受けると再び恐怖心で小さくなってしまいますので遠隔治療が必要なのです。

1回の直接治療のその後の治療は、1ヶ月間の遠隔治療だけで、(2週間目に発毛が確認でき、1ヶ月間で確実に大丈夫、というところで)治療は終了しました。

その後は、必要なときに治療を受けていただくということになりました。

つまり、このケースの円形脱毛症は、対人関係によるストレスでした、ということです。

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2012年6月 2日 (土)

体重が短期間に15Kg減り、今は水さえも吐いてしまう男性

講座参加者のOさんが、そのすさまじい変容振りに、見るに見かねて三島まで治療に連れて来られた40代の男性の治療についてご報告いたします。

右ひざを2ヶ月前にまったく原因がわからないまま、粉砕骨折してしまい(最初腫れて歩けないほどになったため、水を抜くつもりで医者に診断してもらったところ、水ではなく血液であり、砕けた骨を手術で取り出さなくてはならない、と言われたが、そのままにしていた)痛くてまったく曲げることも出来なくなってしまった状態を伴っての治療。まず膝の治療です。

患者さんは、杖を突いて、片足を引きずったようにしてゆっくり歩いて来られました。

Oさんにも講座で身につけてこられた治療技術の実践として、治療していただきましたが、悪戦苦闘という感じでした。その後私が、10分間治療しました。

全身の治療の途中でトイレに行かれましたが、その歩き方の速いことと、引きずる音が無くなってしまったことに驚いてしまいました。当のご本人は信じられないといったご様子でした。

さて本題の治療についてです。

なぜOさんが、久しぶりに患者さんと最近会って驚いたのかというと、Oさんと患者さんは、去年12月に一緒に酒を飲んだのですが、普通に飲み、大食いしたわけで、当然普通の人よりも太っていた印象しかなかったのです。それが、体重が15Kgも減ってしまい、杖をついた今回の姿を見、あまりに悲惨であったためすぐに治療依頼をしたということです。

胃が気持ち悪い、との訴えでしたが、実は、胃の左側にある、脾臓が「やられていた」のです。霊的治療家の専門用語ですが、霊的憑依の影響を受けている場合そのように言います。
脾臓は、内臓の中で唯一、霊的エネルギーをもろに受けてしまうところなのです。さらに、それが痛みを伴って現れるのです。がんや白血病の多くが、脾臓に痛みを伴いますので、霊的な影響があるということがわかります。このことについては、改めて説明いたします。

さらに、背骨の中心の少し左側に鋭い痛みがありました。左右の肋骨の出っ張りを線で結んだ背骨との交点の辺りです。
ここは、心臓のチャクラの位置です。チャクラは、大気中のエネルギーを取り入れる場所なのですが、霊的なエネルギーも入ってくるのです。特にこのチャクラは、人間の意念エネルギーも受けてしまいますので、いやな人間関係の中では、防衛本能として、チャクラを狭めてしまい、悪いエネルギーを取り入れないようにするのです。その結果、欝や、パニック障害になってしまいます。このシステムも、改めて、説明いたします。

私のヒーリングは、その場で効果が現れます。痛みは、解消したことで、背骨は、痛みの解消だけでなく、打診の音によって、患者さんにもはっきり確認できるのです。

さらに、頭全体のオーラが薄く、光も弱い状態でした。

さらに、頚椎に異常がありました。異常がある位置は痛みがあります。

これらについてはほとんど良くなりました。

憑依霊や、ご先祖の霊的関与については、遠隔治療が必要となるかもしれませんので、その旨の説明をさせていただき、治療終了となりました。

1時間の治療で、かなり元気になっていただけました。患者さんの笑い顔を見てOさんも大喜びでした。

肉体の衰弱が戻るには、治療継続により、2ヶ月間で何とかなると思います。

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2011年5月 4日 (水)

ブログを拝見しました。

 大変お世話になっております。ブログを拝見いたしました。自分の文面が載っている事にちょっと、テレてしまいました。 

このブログを見る方達に「薬」だけが治療ではないという事をに知ってもらいたいです。

改めて読み返してみると凄いタイミングで物事が動いていたのですね。 7月に和解→10月に病気発覚、なんて、あの時和解していなかったら間違いなく私達家族は山田(仮名)の親と同じ「道」を辿っていたしょう…。

そうはならないようにして頂いたこと有難く思っております。

今まで私は 色んな事にぶち当たると苦しいと思い「死にたい」と考えて逃げてしまう。でも「死」というものが「怖い」と思い、結局は、何となく生き続けて、きちんと自分の事も周りの事も「向き合う」事も無く中途半端にしていた時間が本当に長過ぎました。

早く自分の人生が終わってほしい…と願っているばかりの人間でした。 同じ年ごろの子達が明るくいきいきとしている中でも、一人どこかしら冷めていて、無理に合わせる事しか出来ずつまらなくて「自分」が何なのか解らない「自分が無い」生き方をしていました。

今までの事があって初めて幸せになりたい、なってほしいと思ってどうしたらいいのか…と考えて、生きている事が「生かされている事なんだ」と自分達の事でも母の事ででも感じることが出来ました。それに、今の状況をさぼって後回しにして解決していないとどっちにしても自分に返ってきてしまうのですし。

昔、子供の頃、私が死んだらこの「心」はどこに行くのだろう?…と思いましたが、死んでから「後」も魂が在り続ける事も知る事が出来たのです。 自分がどんな「死」を迎えるのか…という事だけはちょっと不安ですが。

きっと母は「死」という事が「真っ暗」な中へ入ってしまう様な怖さを感じているんだろうな…と思います。心細い思いを少しでも和らげてあげられたらいいな…と思います。

「死」の事ばかり書いてしまいましたが私はと言えば相変わらず自分の中の「壁」にぶち当たっていまして、生真面目過ぎる全部「素直」に感情が表に出過ぎ てしまい「上手に隠して本心を隠せない」それで自分の状況を悪くする方向に追い込んでしまっている様にしか出来なくて、

どうすればそれを越えられるか、何となく解っていても踏み出せずにいます。おべっかを使って上手に振る舞う人をつい、白い目で見てしまいますがそれを出来無さ過ぎる自分をバカだよなぁと思うのです。

つまらない事で ウジウジ悩む癖は いつまで経っても 治りませせん。(泣)  

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2011年5月 1日 (日)

末期のすい臓がんが30%縮小。前例がないので学会に発表するのだとか。

お礼のメールをそのまま掲載します。

お世話になっております。 母の経過についてですが 主人の帰宅時間が日々遅く
 疲れもあって 中々お返事できず 申し訳ありませんでした。

一応 最初の段階より 書いてみました

母と妹と2年前に諍い事があり 縁を切る様な形になってしまい 先生のご指導もあ
り、その状態を「正す」事となり 夫婦2人で 横浜の親元へ出向き どのような形
であれ 親子関係を「修復」してきたのが 2010年7月4日でした。

その後7月28日に 私の父親の17回忌もあったことから 家族4人で 再度母の元に出
向いた事。

その時には 母の異変に特には 何も感じず 父、・祖父母・親戚筋 今まで参った
事の無かった、本家の墓参りを 暑い中 母と共に行きました。 食事も変わりなく
 一緒にとり ただ油気の多いものは 避けていた事はありましたが 年齢も70近い
ことから 仕方のない事と思い 気に留めていませんでした。

昨年(2010年8月)ぐらいに 母本人が 体調の異変 胸やけ・背中の痛みがある事
 周囲も「痩せた」という様な事から 近所の整形外科に受診しました。 その際ろ
くな検査も無く(確か、骨粗鬆症との判断で) 薬を処方されました  その医者の
判断に疑問をもったので 処方された薬には手を付けず 捨てたそうです

次に総合病院の内科を受診した際に 即、検査入院し(同年10月) 膵臓に5㎝大の
腫瘍がある事がわかり その病院では手が負えないとの事で 神奈川県のがんセン
ターに入院し 更に詳しい検査と 治療方針についての話し合いがもたれました。

最初の検査入院と 転院後の治療方針の話し合いの席には 主人も駆けつけました 
その際 先生の遠隔治療をお願いした時 解った事は 母自身の心の中に  痛がる
背中を懸命にさする息子(主人)に対しての「不信感」がある事。  親元を遠くに
離れて 広島に行ったこと・以前、主人が何気なく口にした言葉が気に障った事の恨
み…等々 

腫瘍自体が 他の臓器にも癒着していて 手術で取り除くことが出来ない状態でした
ので 痛み止め(当初はロキソニン)と ひと月に3回の抗がん剤(ジェムザール)
の点滴治療で 入院はせず 自宅療養で 日常生活・食事等は特に制限もされること
なく 主人の妹が主に 母の世話をし 母の妹である叔母2人も 協力する形での自
宅療養でした 

主人は広島へ来る事も勧めましたが 親子間・兄妹間共に (一応の修復はしたもの
の)関係がきちんと築けていない状態では 当然「無理」な事で(先生にも指摘され
ました)

母本人も 住み慣れた地を離れる事を拒みました

遠方で何も出来ない自分達でしたが その様なことから 母には知らせる事は無い状
態で 1日10分間の遠隔治療をお願いしました。

抗がん剤の副作用から 吐き気 倦怠感が強く 背中の痛みも増してきたことから 
痛み止めも モルヒネを使う様になって  時に、幻覚らしきものが見えていたよう
です

主人の思いの中に 先生の治療を受けさせたい!と ついに、母にヒーリングの話と
共に 今まで我が家で起こった事 それを先生に助けて頂いていた事を全て話しまし
た。 電話口では 「まるっきり 信じない訳ではない」と言うので こちらも 正
月に帰省した際に 先生の直接治療をお願いする思いで その一心で 正月元旦に 
母の元へ家族で出向き その晩 母へ治療の説得を私共の娘を含めしましたが 電話
の時と打って変わり、中々に「納得」せず 「あんた達が 怖い! 3対1で 私に
詰め寄って 私は もう十分に生きたから もういい」と言いつつ 「今 死ぬわけ
には いかない」と混乱した事をぶつけてきました 私達がどの様に説明しても 逃
げてしまい 辻褄が合わない事ばかり言う母  13歳になる娘も 自分に起きた今ま
での経験を話し 何とか祖母に治療を…と私達夫婦と必死でした  押し問答の末、
ふてくされたかのように「私が死んでから 孫に恨まれたくないから 仕方ない」と
 受けてくれる事になり 翌日2日に 正月にも関わらず 先生には 三島から横浜
へわざわざおいで頂き 直接治療をして頂きました

前日の剣幕から 母がどの様に反応するのか 本当に不安でしたが 打って変わって
 こちらが拍子抜けするかのような態度になっておりました

先生との別れ際に 母が涙ぐんでいた…と。

その翌日(3日)には 親族が集まっての新年会でしたが 顔色も良く、食欲もあっ
て 皆が驚くほどの 状態の良さになっておりました

私達が 広島へ帰る際 「ありがとう」と 言ってくれました。

その後も だいぶ体調の良い状態が続き 主人が電話で 様子を聞くのですが 特に
は変わりなく過ごしておりました。

3月になって 状態の検査をした際の CTで 5㎝あった腫瘍が 約30%減少している
との事で 他に例がないようだった事で 医師が学会に持っていく話になっているよ
うです。 

当初、癌の発見が末期状態で 患部の手術はせず(出来ず) おそらくは短くて3カ
月 もっても今年5月6月… との医師からの見解でした。

今、4月も半ば 状態はさほど変わらず 落ち着いています。  

薬だけではない 大きな力が 働いて 「時間」を頂けたのだと 私は思っておりま
す。

思う事は 本心の部分で 母との関係が この生かされている時間の中で どこまで
取り戻せるのか 私は嫁ですが いつも、母達からの対抗意識しか感じず、私も拒絶
反応が強くなるばかりで 今まで 本当の意味で 「佐藤(仮名)の人間」として 
受け入れて頂いたという思いは 主人に対してしか感じる事が出来ませんでした。 
主人と母がきちんと修復が出来ない限りは 当然 嫁など 受け入れてもらえる訳な
どないであろうと 思っております。

だからと言って いじけた気持ちになる様な事はありません。 仕方ない、まぁ そ
の内 何とかなるでしょう…と あえて考えているのです。

一応 文面は 主人に目を通してもらって 確認してもらいました。 来週、再度CT
を撮るそうです。  佐藤(仮名)


その後CTの結果が分かり、報告がありました。

腫瘍の大きさは変化なし。至って元気で、体重が1Kg増えた、とのことです。

昨年の11月から、遠隔治療を開始し、今年の1月2日に、一度だけ直接治療を施し
ました。
末期がん特有の背骨の痛み、左肋骨の後ろ側の痛みがあり、食欲は全く無く、顔色が
悪く、全身に力が入らないご様子でしたが、治療を開始してまもなく、顔色が良くな
り、笑顔と冗談が言えるまでになり周りの方々もびっくりするほどに回復されたごよ
うすでした。他の方の治療中には、私の冗談に笑い転げるまでにお元気になりました。

おそらく、がんはこのまま腫瘍の大きさが変わらない状態のまま、がん細胞が死滅、
あるいはさらに縮小、ということになると思います。

今回のがんのように、発見時に、すでに医学的にお手上げ状態の末期がんほど、つま
り、手術や、抗がん剤などの打撃系の処置を受けていないほど、治る可能性があるの
です。余命は全く関係ありません。余命とは、医学的処置によ殺されたデータの
のことをいうのです。

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